第201話 違いないですわ!(偽物
アーデルハイト達がまったりとした生活を送っていた、その裏側。異世界被害者友の会には、新たなメンバーが加わっていた。とはいえ、本人は被害者などというつもりは、これっぽっちも持ち合わせていないのだが。
「───というわけでして、先達である国広支部長にご相談させて頂いた次第です」
「うんうん、気持ちは理解りますよぉマスター!!」
などと言いながら、しきりにうんうんと頷いて見せるのは伊豆支部長の国広燈。そんな彼女の眼前、パソコンのモニター越しに映っているのは、軽井沢支部の氷室だ。ぴんと伸びた背筋に、口元の髭。どこぞの執事か、或いは喫茶店の店主を思わせる紳士的で優雅な振る舞い。ずっと年下の燈に対してすら、慇懃な態度を崩さない。その所為か、彼は他支部の支部長達から『マスター』などと呼ばれている。
軽井沢支部の攻略が確認された、そのすぐ翌日。氷室は燈へと相談を持ちかけていた。何しろ燈は、世界で初めての攻略済みダンジョン管理者なのだ。そればかりか、持ち前の手腕で運営を軌道に乗せ始めている。これからの軽井沢支部の運営方針を決めるにあたって、唯一無二と言える相談相手だった。
「いやぁ、しかし大変でしたね! ようこそ友の会へ!!」
「いえ、彼女達が制覇したという証はありませんので。仮にそうだったとしても、です。支部の窮地を救って頂いた恩義こそあれ、被害者などと思う気持ちはありませんよ」
燈はやたら会員を増やそうとしていたが、どうやら氷室にそんなつもりはない様子。ただダンジョンが『資源ダンジョン』と化した際の、様々な変化を聞きたいだけだった。
「くっ……いちいち格好いいな……まぁ、いいでしょう!! 攻略されたダンジョンの運営なら私に任せて下さい!!───といっても、実はそんなに変わらないんですけどね」
「と、仰いますと?」
表情も変えず、身を乗り出すようなこともなく、ただ淡々と氷室が話の先を促した。態度だけをみれば、まるで興味が無さそうに見える氷室。だがこれは彼の常だ。
「すっごく大雑把に言えば、ベテラン探索者がちょっと減って、新人が沢山増えます。持ち込まれる資源の数はバカみたいに増えますけど、魔物素材の持ち込みは減りました。あくまでも伊豆支部の場合は、なんですけど」
「ほう。つまり客層が変わっただけで、我々の業務自体は特に変わらないということですか?」
「ですね。ただベテランと新人の比率的に、どうしても以前より忙しくはなりますね。成績は右肩上がりなんで、ただの嬉しい悲鳴なんですけど」
「左様ですか」
燈のざっくり過ぎる説明に、氷室は顎に手をやり何かを思案する。二人きりの通話だというのに、黙り込んでも居心地の悪さを感じさせない。落ち着いた空気の中、燈がコーヒーを啜る音だけが小さく響いていた。
そもそもの発端は『大規模合同探索』だ。何故協会が主導で開催したのかといえば、それは偏に軽井沢支部へと探索者を呼び込む為だ。過疎とまでは言わないが、人気ダンジョンとは言い難かった軽井沢ダンジョン。しかし燈の話によれば、今回の一件で探索者の増加が見込めるらしい。
誰が攻略したのかは不明───殆どの協会職員は、どうせまた異世界方面軍の仕業だろうと考えていたが───だが、結果だけを見れば、氷室の目論見は期せずして達成されたということになる。犯罪者とはいえ人死が出ている以上、大っぴらに喜ぶことは出来なかったが。
「……本部に人員の補充を要請しておくのが良いでしょうか」
「あ、それはやったほうが良いです。絶対! 伊豆支部もそうでしたけど、絶対に業務回せないんで」
「しかし補充してくれと頼んだところで、本部がそう簡単に人を寄越してくれるでしょうか?」
「ダンジョンの変質っていうのは、やっぱり世界でも他に例のない事だからですかねー? 本部もかなり注目しているみたいで、すぐに追加の職員を送ってもらえましたよ」
「それは重畳です」
組織とは、体が大きくなればなる程、行動が遅くなるものだ。それは探索者協会も例外ではない。普段であれば、各地の支部が応援を要請したところで、そう簡単には追加の要員配置など行われない。本当に人手が足りていないのか、直近の利用率や、業務内容の見直し。そういった諸々を再度調査し、本当にうまく回っていないことが分かって、そうして初めて人員を回してくれるのだ。
現場からすれば堪ったものではないが、しかし本部としても頭の痛い問題であった。職員も無限に存在するわけではない。昨今急増した探索者に合わせ、引退した探索者の勧誘や新規採用など、協会本部も様々な手を打ってはいる。だが、それら全ての方策が成果へと繋がるわけではないのだから。
そんな、ともすれば慎重に過ぎる協会本部であるが、こと『攻略済みダンジョン』に関しては行動が早かった。伊豆支部で回復薬が持ち戻られた際は、燈が職員の追加を要請しても、実際に人を回してくれたのは随分と後になってからだった。だが異世界方面軍によるダンジョン制覇の際は、ほんの二、三日のうちに五人もの職員を追加配置してくれた。協会本部が『攻略済みダンジョン』に注目しているという事が、一目で分かるというものだ。
「以前小耳に挟んだ話では、ダンジョン攻略も良いことばかりではないと伺っていたのですが……」
「まぁベテランの探索者からすれば、階層主が居なくなるのは痛いんでしょうけどねー。でも、安定して階層主を狩れるパーティーなんてほんの一握りですし、それも低層の階層主ですから。協会としては制覇してもらったほうが美味しいってことなんですかね? 質より量みたいな?」
後処理の面倒臭さからか、ダンジョンが攻略された当初は地面をのたうち回っていた燈。だが業務がある程度落ち着いた今となっては、むしろ攻略されて良かったとさえ思い始めていた。何しろ、伊豆が資源ダンジョンと化してからの彼女の給料は爆増したのだから。
以前は働き詰めで、給料の使い道がないことを嘆いていた。このままで良いのかと、一時は本気で悩んでいた。しかし追加の人員がやってきてからは、少しずつ休みを取る機会も増えてきた。となれば、給料の使い道も無数にあるというもの。
「制覇してもらったほうが、ですか……少し前までは想像も出来なかった言葉ですね」
「だって今はほら、自称異世界からやってきたブルドーザーが居ますから!! なんですか、活動初めて半年でダンジョン攻略って。アレはもう異世界重機ですよ!」
「いえ、ですからまだ彼女達と決まったわけでは……」
「いーえ!! 何度も轢かれた私には分かるんです!! ぜぇーったいにあの人達の仕業です!! どうせ『もしかしてわたくし、また何かやってしまいましたの?』とか言ってるに違いないですわ!!」
「……口調が感染っていますよ」
まるで似ていないアーデルハイトの物真似を披露しつつ、ぷりぷりと頬を膨らませてみせる燈。ダンジョン攻略を感謝しているのか、それともしていないのか。相変わらず情緒の落差が凄まじい女であった。
氷室からの質問はその後も暫く続き、その度に燈が当時の苦労を思い出し、喜んだり落ち込んだりしながら答えてゆく。結局のところ、彼女達には知る術がないのだ。異世界方面軍という重機の陰に隠れた、もう一台の重機の事を。
* * *
「……む?」
手合わせの途中だというのに、ふとウーヴェが余所見をする。
「オラァァァ!! 隙だらけだぜェ!!」
「ふん」
目前に迫った刃を、一瞥もすることもなく裏拳で弾き飛ばす。そのままくるりと回転し、たっぷりと手加減をした回し蹴りを放つ。
「がはッ!! 痛ってェ!!」
「隙を突くのに叫ぶ奴がいるか、阿呆」
「ここに居ンだよ、なァ!!」
受けたダメージもなんのその。即座に体勢を立て直し、レベッカが大剣を振り上げて再度躍りかかる。怒濤の勢いで放たれる連撃を横目に、ウーヴェは先程感じた小さな違和感を振り払う。
レベッカの私財で建てられた、防音壁に囲まれたファミレス裏の空き地。そこには今日も物騒な物音が鳴り響いていた。
こっちのゴリラ師弟の話も織り交ぜつつ、でした