第189話 遠慮なく死にかけて
今回から視聴者コメントの表記方法が変わっております
恐らくこちらのほうが読みやすいかな? と思いますので、今後はこのスタイルで行こうかと思います
『不甲斐ない弟子をみっちり鍛え直しますわよ!!』
そう銘打たれた配信ページを慣れた手つきで操作し、汀が配信を開始する。それと同時、数分前から待機していた視聴者達からの挨拶コメントと、スパチャやサブスク通知が大量に飛び交う。
:こんアデ!!
:ごきげんアーデルハイト!
:どすこい異世界!
:かぐ虐回と聞いて
:相変わらず挨拶安定せんなここはw
:不甲斐なかった……のか?
:俺はよくやったと思ったよ……?
:いいや、剣聖の弟子としては不甲斐ないね(高音
:誰なんだよテメーはよw
すっかり恒例となっていたオープニングの寸劇は、どうやら今回は無いらしい。画面に映っていたのは、競技場も斯くやといった広大なグラウンド。それは探索者であれば誰もが一度は利用したことがあるであろう、支部併設の戦闘修練場だった。
以前にアーデルハイトが利用した渋谷や京都の支部では、それほど───一般的な体育館程度の広さはあるが───修練場が広くはなかった。しかし今映っているこの場所の広さは、それらの比ではない。そもそも、屋内ではなく屋外だ。何人かの探索者パーティが訓練を行っている姿も見えるが、それでもスペースは十分過ぎる程。
異世界方面軍の面々が訪れているここは、茨城県は海浜公園のすぐ近く。全国でも屈指の広さを誇る修練場を持つ、探索者協会茨城支部であった。
「あー、どもども。皆さんこんにちわ。今日は茨城支部に来てるッスよー」
「おいす」
機材担当である汀とオルガンの二人が、アーデルハイトに代わってオープニングトークを始める。とはいえ、実は人前に弱いことが判明した汀と、基本的には口数の少ないオルガンだ。普段アーデルハイトが行っているような、無駄に軽快なトーク等は期待出来る筈もなく、必要最低限のしっとりとしたトークであった。
:ミギー!? ミギーじゃないか!!
:おるたそおいすー
:胸囲の格差社会
:貧乳派のワイ、歓喜
:あ、やっぱ茨城かここ
:クッソオオオ!! 昨日なら現地行ってたのになぁ!!
:アデ公どこ行ったんやw
:クリスもおらんな
:ついでに弟子もおらんぞ
そんないつもとは違う開幕ではあったが、レアキャラである汀の登場に視聴者達は大喜びだった。
「あ、お嬢と月姫ちゃんは着替えに行ってるッス。クリスは救護担当なんで、その準備ッスね」
「おいすー」
引きつった笑顔に上ずった声。どうして良いのか分からず、何故かぎこちないピースを見せる汀。そしてその横には、おいすロボと化したオルガン。ビジュアルはともかくとして、エンタメ的には演者適性皆無と言える、そんな二人であった。
「細かい説明は端折るとして、今回の配信内容は概ねタイトルの通りッス。ただひたすらに月姫ちゃんを扱き続ける、異世界式アーデルブートキャンプの様子を皆さんにお届けするッスよ」
「定期開催らしい」
よくよく見てみれば、先程から修練場内で訓練を行っていた探索者達の中にも、訓練の手を止め様子を窺っている者達が居る様子。近頃何かと話題に上がることの多い異世界方面軍と、元より新人の中では図抜けた実力を持っていると言われていた『†漆黒†』。その中核をなす二人が、これから訓練を始めようというのだ。興味を惹かれるのも無理はないだろう。
そうして汀とオルガンの二人がどうにか間を繋いでいたところで、漸く今回の主役が姿を現した。Luminous製の専用ジャージに身を包んだアーデルハイトと、自前で購入したジャージを着た月姫。アーデルハイトは鞘に収めた状態のローエングリーフを、月姫は例の大太刀を、それぞれ手に持っていた。
そんな二人の少し後ろから、何故かナースのコスプレをしたクリスが現れる。顔を真っ赤に染め上げ、俯いたままで小刻みに震えながら。そしてクリスのすぐ側を、尻に毒島さんを装着した状態の肉が元気よく駆けてゆく。
:アッーーーー!!!!
:アイィィィ!!
:ありがとうございますゥー!!
:そういうのでいいんだよ、そういうので!
:はい、赤スパ不可避
:絞りに来たなオイ!(クレカを握りしめながら
:待て、キマイラが横を通ったぞ
:あかん、もう情報過多や
他の利用者達の邪魔には出来る限りならぬ様、比較的隅のスペースを使おうとしていたアーデルハイト達。だがいつの間にか、修練場の中央が『ここでどうぞ』と言わんばかりに空けられていた。となれば、わざわざ隅へ移動するのも憚られる。
「なんだか、少し申し訳ないですわね」
「そうですね……でも折角なんで、有り難く使っちゃいましょう!」
月姫はそう言うと、手にした大太刀を軽々と肩に担いでみせる。月姫によって名付けられた大太刀、『蛟丸』の重量は相当なものになる。なにしろ、使用者である月姫本人よりも長いのだ。一般人は疎か、そこらの探索者では担ぐだけでも難しい。それを細腕で軽々と担ぐあたり、レベルアップを何度も経験している彼女の身体能力は、既に中々のものだと言えるだろう。
「見て下さい師匠! スムーズに抜けるようになりましたよ!」
そうして月姫が背中越しのまま、両手を限界まで伸ばして鞘から刀身を抜き放つ。抜刀の方法としては些か異様なスタイルではあるが、それは以前にアーデルハイトが手本としてみせたそのままのフォームであった。
「はいはい。分かったから、剣を抜いただけでドヤるのはおやめなさいな」
「ぬっふっふ。これで今日の特訓も乗り切りますよ!」
「あら、思っていたより乗り気ですわね? 言っておきますけど、わたくしが直接指導するということは、前回のトレント戦ほど甘い内容ではありませんのよ?」
「やる気満々ですよ! だって師匠が直接見てくれ───え? アレで甘かったんですか……?」
以前に渋谷ダンジョンで行われた、第一回のアーデルブートキャンプを月姫が思い出す。あの時行われたのは、階層主であるトレントとのエンドレス一対一だった。階層主というものは本来、探索者が単独で戦うような相手ではない。当然ながら、然しもの月姫といえど相当にキツい訓練であった。だが強くなる為ならばと、それでも歯を食いしばって乗り越えてみせた。
故に、今回の訓練も乗り越えられる筈だと思っていたのだ。手加減などしてくれない魔物と比べれば、アーデルハイトとの模擬戦はむしろ前回よりマシだとさえ思っていた。
「当然ですわ。トレントと手を抜いたわたくし、一体どちらが強いと思っていますの?」
「ぬぐっ……た、確かに……っ」
「今日は貴女の悪いところを一つずつ潰しながら、それはもうボコボコに致しますわよ」
「えっ────えっ?」
そんなアーデルハイトの宣言を聞き、月姫の背中に悪寒が奔る。にっこりと笑うアーデルハイトの顔が、月姫の目にはひどく恐ろしいものに見えていた。
「今日はちゃんと衛生兵も用意してますし、遠慮なく死にかけて下さいまし」
自らの思い違いに気づき、頬を引くつかせる月姫。彼女の絶望を知ってか知らずか、その遥か後方では、キマイラと化した肉が他の探索者パーティを追い回していた。