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男一匹、気が強い沢口南は何があっても動じていない

作者: 蒼井真之介

 俺は築70年、家賃1万円の薄汚いオンボロアパートの2階「201」号室に住んでいる沢口南さわぐちみなみ。男子なのに南という名前ですが至って女好きなので誤解されぬように。


 今の時刻は午後7時だ。部屋の明かりも付けずに胡座をかいてボストンバッグの前に座っているんだ。

 

 何故だと思う?

 

 ボストンバッグの中身が福澤の諭吉だらけだからさ。札束を数えてみたら本物の1億円もあった。30分ほど前に、とある公園の砂場でボストンバッグを拾ったんだ。

 

 たまたま公園のベンチに座って鼻くそをほじりながら新聞を読んでいたら目に入ったんだな。ボストンバッグがな。砂場のど真ん中にあった。どっかのバカのイタズラかなと思ったり、爆弾が入っているのかもと不安になったりしたけど、20分様子を見たが危険な兆候は感じなかった。

 

 幸いにも子供が遊んでいなし、親子さんたちの姿も見当たらなかったので、俺は自分が忘れたボストンバッグのフリをしてボストンバッグを手に取り、歩いて5分のボロアパートに帰還することに成功した。

 

 俺は動じていない。目の前にある大金を見ても金に動かされる男ではないのだ。金に支配されない男、それが沢口南だ。所詮、金は印刷物だ。いつ使い物にならなくなるか分からない。単なる紙でできたお札よ、俺をナメるなよ。俺が本気になればな、お札で鼻をかめるんだぞ。ケツも拭ける。凄いだろう?

 

 俺はボストンバッグを押し入れに置くと歯を磨いて煎餅布団を敷いて電灯に付け足したヒモを引き豆電気にして寝ることにした。まだ午後8時だ。俺は最近、早寝早起きの推進派なんだ。早寝してから抜け毛が減った。素晴らしい事だと思う。

 

 土曜日、朝の5時。

 

 俺は目が覚めたのでボストンバッグがあった公園に行こうと思い散歩に出た。

 

 公園に着くと同じ場所にあるベンチに座って新聞を読みながら懸命に鼻くそをホジった。血が出る一歩手前までにホジくり回した。

 

 読み始めて10分後、スポーツの記事を読んでいた時だった。何気なく砂場を見てみるとだ、昨日と同じ様なボストンバッグが置いてある事に気付いた。俺は股関がキュンとしたね。目がチカチカもしたよ。昨日同じシチュエーションで人はいなかった。

 

 「ハハハ……」と俺は乾いた笑い声をあげてからボストンバッグに近寄ると、そのまま肩に担いでボロアパートに戻ることにした。

 

 俺は胡座をかいて新たに見つけたボストンバッグの中身を調べてみると、中に本物の1億円が入っていた。押し入れに1億円、新たに1億円、合わせて2億円なり。

 

 俺は2億円あっても全く動じていない。砂場で拾った、こんな意味不明な、はした金に俺はビビらない。何故なら俺は金に執着しない男だからだ。俺は男だ。男というのは黙って乾布摩擦をしたり、あまりの痒さのために真剣にチンチンを掻いたりするものなんだ。俺は新たに拾った1億円が入ったボストンバッグを押し入れに入れて保管することにした。

 

 俺は居酒屋で無料で貰ったカレンダーを見た。 

 

 「あっ、ヤバい!」と俺は呟いた。

 

 「ちくしょう! 5日後に家賃を支払わないとな! 今、全財産4000円しかない。ちくしょう! 給料日まで危ないな! ちくしょう! 何で俺はいつも金欠なんだよ! ちくしょう! 給料あげろ! 糞社長に、糞会社め!」俺は悩んだ。何でいつも金がないんだとね。無駄遣いはしてるよ、してるけど、お金は使わないとお金にならないだろう? だから使うだけのこと。何に無駄遣いをしているかといったら、エロ本を買溜めしたり、歯みがき粉を買溜めしたり、白滝を買溜めしたりすることが多いんだ。今後は減らさないといけない。無駄遣いを減らさないとな。取り敢えず白滝と歯みがき粉を減らそうかな。

 

 俺は再び寝ることにした。

 

 目覚めると土曜日の夕方5時になっていた。

 

 「お腹すいたなぁ」俺は腹を擦りながら布団を蹴飛ばした。

 

 毎日、毎日、コンビニの弁当ばかりで辛い。俺は財布を開けて4000円を出して、睨み付けた。

 

 「ちくしょう! この4000円が4万円にならないかな! ちくしょう! 4万もあれば焼き肉屋で神戸牛の焼き肉くらいは余裕のよっちゃんで2日連続でいけるのにな!」

 

 今の国のシステムだと働けど働けど貧しくなるばかりだ。海外は給料が爆上がりしてるのにな。このカントリーのお偉いさんたちの乏しい感性、偏屈的な出し惜しみ精神が問題の原因だよな。出し惜しみって早い話、ケチという事だからさ。ケツの穴の小さい考え方は良くないぜ! 

 

 俺は2億円の大金には動じないが現実問題の金欠には動じた。

 

 俺は時計を見てから、またまた寝ることにした。

 

 目覚めると土曜日の夜10時になっていた。俺はニュース番組を見ることにした。謎のボストンバッグについて何か報道されていると思ったからだ。

 

 俺は、しかめっ面でニュース番組を1時間半も見たが全く報道されていないことに対して胸が切なくキュンとしてしまった。

 

 「何で公園の砂場に2億円があったんだろう?」と俺は考えたが、考えても考えても分からないので、考えるのを止めようと考えてから、明日の新聞には何かしらの報道がされているはずだと考えて、取り敢えずエロ本を読むことにした。

 

 俺は鼻くそをホジくりながら直ぐに気が変わり、24時間営業の大衆食堂「菊枝」に行く事にした。

 

 「菊枝」は安い、早い、美味いの大衆食堂だ。ご飯のお代わり無料、コーヒー無料、おにぎり無料、アイスクリーム無料という素晴らしいおもてなしの食堂だ。ただし、ちゃんと注文してからの話だ。

 

 俺は豚カツ定食を注文してから、一先ず、おにぎりを1個食べた。無料のおにぎりは助かる。

 

 俺はスマホを見てボストンバッグについてのニュースがないか探してみたが、やはり全くなかった。

 

 「ないんだよ。わからねぇ。知らねー、わからねぇ。ねぇーもんはねぇー」と後ろの席から男の話し声が聞こえてきた。

 

 「ねぇーもんはねぇーからねぇーんだよ。このタコ!」と男は強めに言った。

 

 俺は気になったが、振り向くわけにはいかない。プライバシーの侵害になるからね。

 

 「ねぇーもんはねぇーって言ってんだろうがよ! このタコ! 知らねー、知らねー。オラは知らねー。砂場にはねぇーってばよ! お前、本当に砂場に置いたのかよ? ねぇーもんはねぇーんだよ! お前、本当に置いたのか? 嘘なら殺すぞ! ちゃんと置いたのか? ねぇーもんはねぇーって言ってんだろうがよ! このカス! 2回に分けて持ってこいって言っただろうがよ! 話があるから早く食堂に来いよ。えっ!? 何だって!? 行けなくなっただとぉ!? おい、逃げるのかよ? オラからは逃げられないぞ! 来なければ殺してやるぞ! 殺してやる! 必ずお前を見つけて殺してやる! 殺してやるからな! 死ね! 殺されたくなければ早くボストンバッグを持ってこい! もう一度チャンスをやる。明日の朝の4時だ。4時にボストンバッグを2つ、砂場に置け! 分かったな!」と男は低く小さめの声で電話相手を罵しった。

 

 俺は豚カツ定食のキャンセルを店員に伝えてから「菊枝」を出て、すんなりとボロアパートに戻った。

 

 時刻は土曜の夜の10時50分だ。

 

 考えてもしかたあるまい。あのボストンバッグは俺に拾って欲しくて、ちょこんと砂場にいたんだ。俺はボストンバッグに寂しい思いはさせたくないという優しい気持ちからボストンバッグをボロアパートに連れていったにすぎないんだ。「菊枝」で聞いた中年のおっさんの声を忘れたいがために、早く寝ることにした。

 

 日付けが変わって日曜日の朝3時に目覚めた俺はトイレに行ってウンコをした。ウンコをしている間、財布にある4000円について深く考えた。

 

 「給料日まで残りあと4日だな。財布の4000円よ、お前は何故4000円なんだ? よし頑張って倹約するか。ほんの少し断食生活だな」俺はカップラーメンで乗り切るしかないと思いながらウンコを踏ん張った。ケツが滲みる。これはぢなのか? 俺はぢになってしまったのか? マズイよな。早めにケアしないとな。取り敢えず、シャワーでケツを洗おう。トイレットペーパーだと肛門に負担が掛かる。これからはウンコが終わったらシャワーでケツを洗おう。

 

 俺は押し入れにあるボストンバッグの中身の2億円よりも、財布にある4000円の方に注意力を傾けた。拾った2億円なんかどうでもいい。現実的に考えて、自分の力で稼いだ本当のお金の方が大事なんだ。2億円なんかクソくらえだ。だが手放さない。この2億円は、万が一、念のためという言葉が相応しい金だ。『拾った者が勝ち』という言葉の通りに所有権は俺にある。ふはははは。

 

 俺は寝ることにした。金がなけりゃ寝るしかないのだ。早く給料日が来てほしいものだな。

 

 俺は思い直して体を起こした。時間はまだある。俺は立ち上がって押し入れから2つのボストンバッグを取り出し、床に置いた。中身の2億円を出して押し入れに仕舞うと、パジャマから服に着替えて空っぽのボストンバッグを持って公園に向かった。

 

 薄暗い公園は静まりかえっていた。

 

 俺は2つのボストンバッグを砂場に置くと、急いでボロアパートに向かった。

 

 大衆食堂「菊枝」にいた怪しい気な男は、果たしてどんな気持ちで空のボストンバッグを受け取るのだろうか?

 

 怪しい男はこう言っていた。「2つのボストンバッグを砂場に置け!」とね。俺は怪しい男の言葉を鵜呑みして砂場にボストンバッグを置きに来たのだった。怪しい男はボストンバッグの中身については一切触れていないので、たぶん、2億円の持ち主とは関係ないであろう、と俺は俺らしくワガママ・ボーイ的に解釈したのだ。俺は『あの怪しい男には大事に大事にボストンバッグを使って欲しいなぁ。高いブランド品のボストンバッグだったからなぁ』と思いながらボロアパートに無事に戻った。

 

 俺は寝ることにした。日曜日は寝るに限る。

 

 俺は目覚めた。時計を見ると日曜日の午後6時まで爆睡していた。急激に腹が減ったので近所にある弁当屋さんに行く事にした。まともに食っていないのは体に毒だね。

 

 俺は勇気を振り絞って弁当屋さんで牛タン弁当税込490円を奮発して買った。どうだい? 凄い決断力だろう? これが男の中の男、沢口南なのだ。俺は素晴らしい男だなぁ。給料日まで、あと4日とちょいだ。ふははは。俺は負けないぞ。

 

 俺はボロアパートに戻って、一旦、ウンコをしてから弁当を食べることにした。

 

 俺は頑張ってウンコを終ると、牛タン弁当を美味しく食べてから、散歩に行く事にした。

 

 近所にある3階建ての大型書店「愛観舞あい・みー・まい」まで散歩に行くことにした。

 

 俺は書店をウロつき、本を取り出し、読みながら鼻くそをホジった。本って素晴らしいよな。

 

 大型書店「愛観舞あい・みー・まい」は本屋の2階がゲームセンターやレストランや服等が売っていた。3階は車の駐車場になっている。

 

 俺は非常階段の入り口にあるベンチに座って休むことにした。


 5分ほど休んでいたら、突然、早足で非常階段から降りてくる足音が聞こえてきた。

 

 足音が俺の前を通りすぎて向かい側のベンチに50代の痩せた男が苛立ったまま座った。痩せた男は俺が公園の砂場に置いてきた2つのボストンバッグを持っていた。痩せた男は顔を紅潮させて立ち上がるとボストンバッグをベンチの角に投げてジャケットのポケットからスマホを取り出した。

 

 「おい、テメェ!! ボストンバッグだけって一体なんなんだい!? 旅行に行く訳じゃあるまいしよ。ボストンバッグの中身がないぞ!! このクソ野郎めが!! オイラの持ってきたブツだけを受け取って支払いをしないとなるとケジメが必要になる。つまりだ、お前を殺すということだ!! オイラのボスがカンカンだぞ!! 今日までの命と覚悟しろよ!! はぁ~っ!? 中身が入ったボストンバッグは置いてきたからこっちの不手際だとぉ!? このやろ~う!! ふざけんな!! 殺してやる!!」と痩せた男は向かい側のベンチに座りなおして俺の目を見ながら電話口の相手に怒鳴っていた。

 

 俺は痩せた男の声からして昨日の大衆食堂「菊枝」にいた後ろの客と同一人物だと悟った。

 

 俺は痩せた男に会釈をした。

 

 痩せた男は俺に会釈を返した。

 

 痩せた男は慌てて急いで立ち上がると、早足で非常階を2段飛ばしで、おそらく3階に向かって駆け上がっていった。

 

 俺は目を閉じて腕を組み直すと、給料日までどう乗り越えるかを真剣に考えてみた。金があっても無くても贅沢や無駄遣いはできん。


 俺はハッとして立ち上がった。

 

 特売日のお知らせを載せた安いスーパーのチラシが今日の朝刊に入っていたのを思い出したからだった。

 

 「確か、納豆30円、豆腐50円、300gのパックのお米1個80円って出てたよな!! ウッヒョー!!」と俺は叫んだ。

 

 

 

 

おしまい

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