だいたい地下牢の前で自白する
「まぁ、まぁ」
魔道具作成の功績を持つ伯爵令嬢のレイナは今、貴族が入るような貴人牢ではなく、薄暗い地下牢に囚われている。
「快適にしておけば良かったかしら?」
その地下牢には、かつてレイナが国王陛下に奏上し、備え付けた魔道具があった。
レイナがなぜこんな場所に囚われているかと言えば……それは冤罪だ。
しかもこの国の王太子であるルドガー第1王子による冤罪。
レイナはルドガーの婚約者だった。だった、だ。
だが、その関係は冷え切っており、さるパーティーの日、彼女は婚約破棄を突きつけられた。
……そこまでなら、まだいい。
いや、よくはないが、その後が大問題だった。
第1王子はありもしない罪でレイナを断罪し始めたのだ。抗弁の隙もなくルドガーの側近に捕まり、あろうことか地下牢へと放り込まれた。
こんな無法がまかり通ったのは国王と王妃が外交で国を空けていたからだ。
おそらく、そのタイミングを王子は見計らって事を起こしたのだろう……。
「いい気味ね」
と、ここに至る経緯を思い浮かべていたレイナに声が掛けられた。
地下牢の前に居たのはニヤついた顔をした……元凶の女。
王太子の不貞の相手だった。
侯爵令嬢のリベルタさん。殿下は……まぁ、見た目もさることながら、やっぱり爵位の問題もあったのかしら。
なんでも彼女は王子の真実の愛の相手で、レイナは悪役であるらしい。
とんでもない冤罪なのだが……。
伯爵令嬢に過ぎないレイナが王太子の婚約者に立てられたのは、その功績によるものが大きい。
多くの魔道具を発明し、レイナは国を豊かにしていた。
主に生活魔道具が中心であったが……王国の民の生活水準を引き上げた彼女の人気は高い。
天才的な頭脳と、その人気を取り込みたかった王家により、半ば命令に近い形の王子との婚約。
……王家に抱え込みたかったのなら他に手があるだろう、とレイナは言いたくなった。
王妃になる為の教育で魔道具作成に割く時間が減ったし、迷惑だった。
しかも、教育に時間が取られて研究が滞ると王子が難癖をつけてきた。
才能を疑われ、功績を偽物ではないかと疑われ、ああだこうだと。
もはやウンザリして、何度も婚約解消を願い出た矢先のコレだ。
本当に勘弁して欲しい。
それはそうと、そんな立場だったから試験的な魔道具の設置の奏上が国王に出来たワケだが……。
「……というワケよ!」
「はぁ……」
あ、何か自分の罪をこれでもかと白状していたらしい。
レイナは全く聞いていなかった。
というより。
(本当に自白するのねー……)
と、目の前の女を牢屋の中から冷めた目で見る。
「聞いてるの!?」
「聞いていませんが……」
「なんですって!?」
「はぁ……まぁ、察しますけど……殿下を騙し、私に冤罪をかけた主犯は貴方という事ですか?」
「フン! 私達よ! ルドガー様は貴方のことを愛していなかったの!」
「まぁ、そうでしょうねぇ。私達、お互いに愛情などありませんでしたし。それに殿下って気持ち悪くありません? ほら、ナルシストなところとか」
「は……?」
「あの方、人の話を聞きませんし、自分が私に愛されていると思い込んでいるところが気持ち悪くて……。陛下に何度も婚約解消を願い出たんですけどねぇ。たぶん、陛下もアレがあのままだと次の王には出来ないから、何とか私の功績で民の人気を得ようとなさったんじゃないかと」
「何言ってるの? フン! 負け惜しみかしら?」
「ええ!? じゃあ、まさかリベルタ様はあんなのが好みでしたの!? そんな……人にはそれぞれ好みってありますのねぇ」
私は目を丸くして驚いた。
権力が目当てじゃなくて、本当に愛しているのかしら!?
「……あんたに馬鹿にされる筋合いはないわ! 魔道具ばかり弄ってる根暗の伯爵令嬢のくせに!」
「はぁ……。その根暗の作った魔道具で、良い生活をなさっていたらしいですが……」
王国に普及された魔道具は民だけでなく貴族の生活水準も引き上げていた。
……だから王妃に据えるより研究職で雇えと言いたかった。
言ったのだけれど。
「まぁ、とりあえず感謝いたします」
「なっ」
「あの気持ち悪い王子と添い遂げる事など生理的に無理でしたので……リベルタ様に奪っていただき、私としては感無量、感激でございますわ。また衆人環視の元の騒ぎでしたので……国内有数の上位貴族達が見守る中での、私、レイナ・ブラウンと、王太子ルドガー・エクセリオンの婚約破棄をされました事。快く受け入れますわ。ええ、二度とあんな男と婚約など致しません。気持ち悪くて無理ですので、絶対にしたくありません。
……ただ、その後の冤罪については断固として否定いたしますわ。
私は、挙げられたような犯罪に手を染めてもいなければ、貴方様に陰湿な行為をした覚えもございません。
それについては今、リベルタ様の口からも冤罪であり、ルドガー様とリベルタ様が主犯となって画策した陰謀であった旨を……自白してくださった事。
ええ、とても感謝いたします。ありがとうございました」
レイナはベラベラと言いたい事を言えるだけ言った。
あとは野となれ、山となれ。
「……はッ! どれだけ強がってもアンタは今、檻の中! 明日にはあんたを公開処刑にしてやるわ!」
「公開処刑ですか」
しかも明日。
……準備とか要ると思いますけど。なにせ公開処刑ですし……。
『今から公開処刑するよー』と呼び掛けて、その日の内に集まれる方は大分、暇を持て余しているのでは……?
多くの者の目に晒さねば公開処刑の意味を成しませんし……。
そうして、あちらもあちらで言いたい事を言えるだけ吐き出した後、勝ち誇ったように地下牢を去っていった。
公開処刑。
「まぁ、ある意味で……公開処刑かしら? 別に命まで奪う気はないけれど」
レイナは備え付けられた魔道具が動作している事を確認した。
それは静かに稼働している。
「ふぁーあ……。疲れましたわ」
今日はお休みしましょう。石の床は固いですけれど。
……だがレイナは休めなかった。その後すぐに交代するように、今度はルドガー王子がやって来て、さんざんにレイナを罵り、存分に自分の犯した罪を自白していったのだ。
「……なんで犯罪者って牢屋の前で自白したがるのかしら……?」
魔道具を用意したレイナでさえ、彼等の行動に呆れるしかなかった。
翌日。人々の目が覚め、より多くの人が活動する昼頃の時間帯でそれは起きた。
『あんたを嵌めたのは私とルドガー王子よ!』
地下牢の前で自白していた言葉そのものと、その映像が王都の空に映し出され、王都中にその言葉が響いた。
『公女の荷物を盗んだのも私。その罪をあんたに着せてやったわ!』
『は! お前のような女は俺の妻に相応しくない……。身の程を弁えていれば良かったものを。だから、お前に罪を被せ、こうして汚い地下牢に捕らえてやったのだ。ははは! 貴人牢などお前には勿体ない! どうだ? 足らぬ身分とはいえ、伯爵家は伯爵家。それがこんなみすぼらしい地下牢に囚われた屈辱! お前にはお似合いだ!』
『あんたは公開処刑にしてやるわ!』
『お前は明日、公開処刑にする! 父上が帰ってくるまでに決行してやろう! 最後の望みも断たれたな? はは! これでこの国は俺のものだ!』
……とまぁ、さんざんな自白っぷりの2人の映像と声が王都の空に映し出された。
それがレイナが牢獄に設置して貰っていた魔道具だ。
映像・音声を残す魔道具や、それらを映し出す魔道具は、生活魔道具の応用で出来上がっていた。
どうしてそんな場所に設置したのかと言えば、レイナの友人達が話す娯楽小説や演劇の内容の多くに、そのシチュエーションがあったから。
冤罪等を企てた犯罪者の多くは被害者が捕まった牢屋の前で、何故か自白する。
……それは、もしかしたら犯罪者達にとって最高の快楽なのかもしれない。
なので試験的に導入していたのだ。
この『自白撮影記録と王都の空上映』の魔道具を。
人々にとっては画期的な娯楽になるかもしれないし、真実の追及、冤罪の防止になるかもしれない。
あとまぁ、王家の威光を伝える時に使えたら良いな、ということもあった。
まさか本当に冤罪事件を起こし、その事を牢屋の前で意気揚々と自白し出す犯人が居るとは思わなかったが……。
いや、思っていたから設置した。
「凄い。地下牢にまで聞こえているし、音も崩れてないわねぇ」
大音量で伝えるのではなく、王都の各所にある音声再現装置に魔道具同士を連携させ、伝え、再生する。
何度かテストはしてみたが、こうして大々的に使用され、機能している事にレイナはご満悦だった。
「ふふふ」
魔道具を発動した後は、地下牢内の人間を守る為の結界が生じる。
この魔道具の発動条件を細かく設定するのが難しかったワケだが……。
そのエネルギーは牢の前で自白した2人の内包魔力を吸い取ってである。
真実の吐露、本音での会話によって吐き出される魔力と認定されると、起動の為のエネルギーが蓄えられる。
裁定基準はまだ試験段階なので……今回はレイナが手動で記録し、再生させた。
「まだまだ改良の余地があるわね!」
そうして泡を喰って地下牢に来たルドガーとリベルタは生成された結界を破る事が出来ず、レイナを傷つける事が出来なかった。
また王都中に大々的に王太子の横暴や策略、どころか反逆の意思すら仄めかす発言に、彼に従う兵士が激減。
元より婚約破棄の件で王国を離れていた陛下に事の次第を届けられており、早々に陛下は帰国した。
(魔道具のメッセージ伝達力はまだ国外にまで届かないのねぇ)
それが出来れば画期的なのだが、遠くになると魔力消費の問題がある。
連絡するだけで誰かが死にそうになるくらいの消費量。
このあたりは要改良だ。
ルドガー達が墓穴を掘り続けてくれたお陰で地下牢の結界は解ける事はなく、ルドガーとリベルタの引き起こした醜聞と犯罪は明るみになり、取り返しのつかないものとなった。
レイナは解放され、名誉は回復。
ルドガーは廃嫡に幽閉、リベルタも家を追われて修道院行きになった。
加担していたルドガーの側近達も相応の報いを受けたらしい。
レイナのことを諦められない王家と、以前より彼女を慕っていた第2王子との縁談の話が上がったが……それはまた別の話。
だいたい地下牢の前で真実を話してくれるので、ここに監視カメラをつけよう。