竜国第6皇子の伴侶探し
エリックはいつものように衛兵として北門に立ち、王国首都に入る人々が入場手続きをする様子を眺めていた。 すると、7,8歳に見える子供が手続きをする列の隙間から飛び出し、門を通過しようとしているのを見つけたので、すかさず捕まえて問い質した。
「ちょっと待て。勝手に通っちゃダメじゃないか。お父さんかお母さんはいないのか?」
「私はここに用があって一人で来たのだ。両親は来ていない。」
よく見てみると、その子供は多少埃っぽいが、仕立ての良い、高級そうな服を着ていた。 子供にしては偉そうな口の利き方をする。よその町から来た貴族の子弟がお供とはぐれてしまったのだろうか?
「どこから来たんだ? 付き添いはいないのか?」
「カテドラルの方から来たのだ。」
カテドラルとは王国首都の北西に位置する、王国第二の都市である。カテドラルの貴族が王国首都に来ることはよくあることだ。
「名前は?」
「リオン・バラク...」
バラク家と言えば、カテドラルを本拠地にする有力貴族で、一族郎党を含めればカテドラルの貴族の三分の一はバラク姓である。エリックはリオンがカテドラル所属の貴族で、理由は分からないが付き添いとはぐれてしまった迷子だと判断した。今頃、付き添いの者は大慌てだろう。取り敢えず町の中央にある衛兵の詰所に連れてゆき、上司に報告すること にした。そろそろ交代の時間だし丁度良いだろう。エリックは一緒に見張り番として立っていた同僚に声を掛け、リオンを連れて衛兵詰所に向かった。
それより少し前、王国首都の王宮では王付き筆頭秘書官が慌てた様子で定例会議に参加していた王のもとへと駆け寄ってきた。
「陛下! 大変です。20年振りに竜国よりホットラインが入っております。」
「な、な、なんだと!」
王は慌てて玉座から立つと、会議参加者への説明もそこそこに、ホットラインに応じるべく竜国の王と直接通信ができる魔道具が置かれた部屋へ急いだ。 王国は人間界で唯一竜国と貿易を行っている国である。竜族は、はるか昔この地上を支配 していた一族であるが、1000年ほど前に現在の居住地である竜の背骨山脈を越えたところにあるという竜の谷に移り住み、そこからめったに外界に出てこなくなった。竜族は貴金 属や宝石を好むため、定期的にそれらと竜の鱗などの貴重な素材とを交換しているのだが、交易に来るのは専ら竜の背骨山脈に住む小人族達で、王国の人間で竜族と会ったという者の話は寡聞にして聞いたことがない。 通信の小部屋に王は一人で入ると、通信の魔道具である古びた大鏡の前に立った。鏡には 銀髪を腰まで伸ばし、金色の目をした40代ほどに見える竜王が、玉座にゆったりと腰掛け、銀杯を傾けているところが映っていた。
「これはこれはバラクシオン竜王陛下。お久しぶりでございます。この度はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ。アルベヒト3世、息災であったかな?ついこの間、娘に送る指輪の宝石の件で話したと記憶しているが...。」
竜族は非常に長寿のため、時間感覚が人間と異なるのである。竜にとって20年前はついこの間の事なのだろう。
「ええ。そう言えばそうでしたな。」
「実はこの度、末の息子が伴侶を探すためにそちの国へ行くことになっての。そろそろ到着する頃だと思うので、滞在中は色々と便宜を図ってもらいたいのじゃ。」
「へ? ご子息様の伴侶探しですか? わが国で?」
国王は驚きのあまり、変な声を出してしまった。
「そうじゃ。では、よろしく頼む。」
竜王はそれだけ言うと一方的に通信を切ってしまった。慌てたのは国王である。部屋を出ると控えていた筆頭秘書官に声をかけた。
「竜王の末のご子息が、伴侶探しに我が国へ来るらしい...。」
「そ、それは一大事でござりますな。竜族が人間の国に来るなんて初めての事なのではないでしょうか? それで竜王陛下のご子息とはいったいどのようなお方でしょうか? 伴侶探 しとおっしゃいましたか? 人間の花嫁を伴侶とするという事でございましょうか? また何時、どのようにして来訪するとおっしゃっておりましたか?」
筆頭秘書官は非礼を承知で矢継ぎ早に国王に質問を浴びせた。
「間もなく来ると言うこと以外、何も聞いておらん...。」
秘書官の顔は一瞬で真っ青になった。
「で、でわ、もう一度ホットラインで連絡して詳細を確認しなくてはなりませんね。」
「今まで、我が国から掛けて、竜国が応答してくれた事は無いのじゃ。ホットラインは常 に一方通行なのじゃ。」
二人は冷や汗をかいてお互い顔を見合わせた。今まで王国と竜国は良好な関係を築いてき たが、竜王の機嫌を損なえば、人間の国など竜一匹で簡単に滅ぼされてしまうのだ。 取り敢えず国王は、全ての秘書官を広間に集めるよう筆頭秘書官に命じた。竜国の末の殿下を迎える準備を早急に始めなければならない。同時に騎士団長に命じ、王国首都の東西 南北4つの全ての門および首都周辺に騎士団を派遣し、竜国殿下らしき一団が来たらすぐに連絡が取れるように手配した。
衛兵詰所に着いたエリックは、早速上長に迷子の報告をした。
「テオ隊長。北門で迷子を保護しました。カテドラルから来たリオン・バラク君だそうで す。どうやらお付きの者とはぐれてしまったようで。」
「その子がそうか? 貴族の子弟なら王宮に届出が出されているはずだ。騎士団詰所に問い合わせればすぐに分かるだろう。お付きの者が心配しているだろうからすぐに確認させよ う。それまでその子の面倒はお前が見ていてくれ、エリック。」
「承知しました! 控室で待機しています。」
エリックは隊長に敬礼すると、リオンを連れて衛兵控室へ向かった。途中で詰所の食堂に寄り簡単な昼食を作ってもらった。
「リオン君、きっとすぐにお付きの人が来ると思うよ。僕とここで待っていようね。おな かは空いていないかい?サンドイッチ食べる?」
「貰おう。」
リオンはサンドイッチを手に取ると、近くの椅子に座り静かに食べ始めた。
(さすが貴族の子弟は行儀がいいね。)
エリックもサンドイッチを齧りながらリオンに話しかけた。
「リオン君、王国首都は初めて? 何しに来たの?」
「初めてだ。この度は伴侶に会いに来たのだ。」
「え! その歳で伴侶? 」
(さすが貴族。こんなに小さいのにもう婚約者がいるのか。僕は25歳だというのにまだ恋人がいたことすら無いのに...。)
しばらくするとテオ隊長が控室に現れた。
「エリック。王宮の騎士詰所に使いを出したのだが、何か一大事が起きたらしく王宮全体がバタバタしていてな。迷子になんか関わっている暇は無いと言うのだ。」
「それは困りましたね。どうします?」
「明日には落ち着いているだろうから、明日また問い合わせてみよう。エリック、悪いが 明日一日業務を免除するからその子の面倒を見ていてくれないか? 今晩は寮のお前の部屋に泊めてやってくれ。ベッドが一つ空いていただろう?」
「別に僕はかまいませんけど、騎士団の対応はひどいですね。リオン君がかわいそうです。」
「私は別に構わぬ。そなたの部屋に行こう。」
話は少し前の竜の谷での出来事に遡る。竜国の第6皇子であるリオン・バラクシオンは 焦っていた。普通、竜は50歳までには伴侶を見つけ、成体へと変化するのであるが、リオンは100歳になろうというのに未だ伴侶を見つけられず、幼生のままなのだ。
「私には伴侶がいないのだろうか...。」
伴侶のいない竜は一生成体になれず早死にしてしまうと言う。
「そんなことはございませんよ。殿下のお腹にははっきりと竜紋が出ているではありませんか。」
リオン付きのじいやが答えた。竜紋とは竜の体のどこかに現れる痣のようなもので、竜紋 が現れる場所と形が近いほど、その二人は相性が良いとされる。伴侶のいない竜には竜紋 は現れないか、現れても非常に薄いものであると言われている。
「20年くらい前から段々と竜紋が濃くなってきたのだ。」
「それでしたら、殿下のお相手は20年前にお生まれになったのかもしれませんね。」
「だが、この20年間竜の谷で生まれた竜はいないだろう?」
「確かにそうですね。もしかしたら、殿下のご伴侶は竜では無いのかもしれません。ごく稀ですが、竜以外の伴侶を持つ竜がいると聞きます。ここ1000年で2例ほど聞いたことが あります。」
「初耳だな...。しかし、竜の谷にいないとなると、どうやって伴侶を見つければ良いのだ?」
「古来、竜には伴侶の居所が分かる能力があるとされています。殿下はどこかに引き寄せられるような感覚は有りませんか?」
リオンは目をつぶり、伴侶の事を思い浮かべて見たが、残念ながらそのような感覚は得られなかった。
「特に感じないな。」
「離れていると簡単には分からないかもしれませんね。特に竜以外の伴侶となると、竜の血が薄いので引き寄せる力も弱いでしょうし。」
はるか昔、竜がこの地上の全てを支配していた時代には、ごく稀ではあるが、竜と他の種族との間に子供が生まれる事もあったため、竜以外でも竜の血を持つ者がいるのだ。
「瞑想して探してみてはいかがですか?」
「試してみるとしよう。」
リオンは三日三晩瞑想し、僅かだが何かに引き寄せられるような感覚を覚えた。
「南東の方向に私を引き寄せるものがあるような気がする...。」
「南東と言いますと、竜の背骨山脈の方角ですね。只今地図をお持ちします。」
じいやは大きな地図を持ってきて、テーブルに広げた。
「南東には、小人族の村、カテドラル市、王国首都などがございます。」
「王国首都が気になるな...。行ってみるか。竜形で行けば1日で着くであろう。父上にリ オンは伴侶を探すために王国首都へ行ったと伝えておいてくれ。」
「かしこまりました。」
「父上にはくれぐれも余計なことはしないように言っておいてくれ。伴侶探しは私が一人で行わなくてはならない試練だからな。」
「そのようにお伝え致します。今すぐ発たれるのですか?」
「うむ。伴侶が人間だった場合、非常に虚弱で短命だからな。ぐずぐずしているうちに死んでしまうかもしれん。」
「さて。リオン君、隊長からお子さんの古着を借りてきたから着替えるといいよ。その服は洗濯に出しておくから。その前にお風呂かな。幹部用浴場の使用許可を貰ったんだ。一 緒に入ろうか。」
エリックはリオンを連れて幹部用浴場に移動した。時間が早いため浴場には誰もいなかった。
「こんな広いお風呂に二人だけで入るなんて初めてだよ。リオン君、服は一人で脱げるかな?」
「問題ない。」
(貴族の子だから心配だったけど、自分でできそうで良かった。貴族の子弟の取り扱い方法なんて分からないからな。)
二人は体を洗うと並んで浴槽に浸かった。
(何だかリオン君に体をやたらと見られているような...。気のせいかな...。大人の裸を見るのが初めてとか?)
二人は風呂を済ませると食堂で簡単に夕食を取り、エリックはリオンを早々に寝かしつける事にした。リオンは疲れているらしく、ベッドに入ると直ぐに寝息を立て始めた。
その日の夜中。リオンはこっそりベッドを抜け出し、廊下に出て人気の無いことを確認す ると、ポケットから小さな鏡を取り出した。
「じいや。そこにいるか?」
「リオン様。おりますよ。無事王国首都にお着きになりましたか?」
「うむ。王国首都に着いて早々、気になる人間を見つけたのだ。今その者と一緒におるのだが、伴侶かどうかの決め手に欠けてな。竜紋らしきものも無いし。」
「リオン様。人間の場合、普通の状態で竜紋は現れませんよ。」
「どういう場合に現れるのだ?」
「気を失うほど痛みを感じた場合など出るそうです。鞭で打ってみてはどうですか?」
「伴侶かもしれぬ相手にそのような無体な真似はできん。他に無いのか?」
(他にも方法は有りますが、幼生のリオン様にはちと難しいでしょうなぁ...)
じいやはその方法をリオンに伝えることはやめておいた。
「憑依の術を用いたらどうだろう? 私が憑依すれば体を自在にコントロールできるであろう。竜紋を浮かび上がらせる事も出来よう。」
「リオン様、それは少々危険ですから賛成できませんな。」
「何故だ?」
「リオン様がその人間に憑依している間、リオン様のお体は全くの無防備になってしまいますので。絶対に安全な場所でなければ憑依は行わないものです。」
「うむ。それもそうだな。まだ会って一日なのだからもう少し様子を見るとしよう。」
じいやにはそう伝えたが、リオンは待つつもりは無かった。エリックが寝ているベッドに近づき早速憑依を試みる。
「うん? リオン君どうしたの? お手洗い?」
エリックはさすが兵士らしく気配に敏感で、リオンに気づいて起きてしまったようだ。
「いやそうではない。とくに何でも無いのだ。」
リオンは諦めてベッドに戻った。憑依するには、ちょっとやそっとでは起きない状態にエリックをしなければならないようだ。
(どうしたのかな、リオン君。お付きの者とはぐれてしまって不安なのかな?)
翌朝。
「さてリオン君。王国首都は初めてだよね。僕が完璧な首都観光1日コースを考えたよ。早速出かけよう!」
エリックとリオンは二人で馬に跨り、首都にある大聖堂、植物園、アルベヒト三世記念公園、そして王国市民市場を観光し、夕方になって衛兵詰所に戻ってきた。
「テオ隊長、只今戻りました。リオン君の付き添いの人は見つかりましたか?」
「それが今日も王宮は大騒ぎでな。何でもどえらいVIPが来訪するとかで、その準備に追 われているらしい。その方は花嫁探しに来るとの事で、王国中の美姫が王宮に集められて いるそうだぞ。」
「へえ、そんなこと初めてですね。どこの国の王子様が来るのでしょうね? でも、リオン君の付き添いが見つからないのは困りましたね。」
「まったくだ。仕方が無いのでギルド経由で直接カテドラルのバラク家に問い合わせをしている所だ。悪いがエリック、もう一晩その子を預かって貰えないか?」
「私は別に構いませんよ。リオン君はとてもいい子で、一緒にいて楽しいですしね。」
リオンとエリックが食堂で夕食を食べていると、テオ隊長が顔を出した。
「エリック。俺は今日宿直なんだ。宿直室にいるから何かあったら呼んでくれ。」
テオ隊長はそういうとリオンを見た。リオンと目が合うと、テオ隊長はしばらく固まってしまった。
「テオ隊長? どうしたんですか?」
テオ隊長はハッとしてから、
「いや、何でもない。」
そう言って宿直室に下がって行った。
リオンとエリックはエリックの部屋で寛いでいた。
「エリック、そなた家族はいるのか?」
「両親は二人とも兵士でね。先の戦争で僕が小さいときに亡くなったんだ。母方の祖母に育てられたんだけど、その祖母も僕が兵士の育成学校を卒業する間際に亡くなってね。祖母は僕が兵士になるのを反対していたけど、無料で学校に行くには兵士育成学校に入るしかなかったんだ。」
「そうか。」
(リオン君、家族と離れてしまってさみしいのかな...。あまり家族の事は話題にしないほうがいいよね。)
「その、エリック、そなたは何か望みなどは無いのか?」
「望み?そうだね...将来の夢としては、人並みに結婚して子供がほしいかな。そして衛兵を辞めたら田舎に小さな家を買って、畑仕事でもしながらのんびりすごしたいね。」
するとその時、テオ隊長がノックをして入って来た。片手に酒瓶を持っている。
「テオ隊長。どうかしましたか?」
「いや、エリック。何故だか分からないが、この酒を今日お前に飲ませなければならない ような気がしてな。」
テオ隊長が持っている酒は、隊長秘蔵の高級酒で、いつも大切に飲んでおり、部下に飲ませるような事は今まで決してなかった。
(テオ隊長どうしたんだろう? 僕がリオン君の面倒をよく見ているご褒美かな。)
「隊長、そんな大切なものを頂いちゃっていいのですか?」
「もちろんだ。大切に飲めよ。」
「隊長も一緒に飲みませんか?」
「いや、俺は宿直だからな。じゃあな。」
テオ隊長は何故か涙目になりながら酒を置くと宿直室に帰って行った。
エリックはその高級酒を飲みたかったが、リオンがいるのでどうするか悩んでいた。
「エリック、私に気を遣わずその酒を飲んだらどうだ? 私は今日はもう疲れたから寝るとしよう。」
「そう? それじゃ折角だから頂こうかな。」
リオンはエリックがすっかり酔っぱらって熟睡している事を確認し、憑依の術を施すことにした。間もなくリオンの精神体はエリックの体に何の抵抗もなく入り込むことができた。リオンはエリックの体で裸になるとベッドの上で座禅を組み、竜紋を出現させるために意識を集中した。エリックの体は徐々に暖かくなり、リオンと全く同じ腹部にリオンと 全く同じ竜紋が浮かび上がって来た。その事を確認したリオンは喜びの余り夜中だという事を忘れて叫んでしまった。
「やったぞ! ついに伴侶を見つけたぞ!」
声と共に小さな竜巻が発生した。それは窓ガラスをガタガタ揺らし、部屋中の小物を散乱させた。 その音を聞きつけたテオ隊長と、近くの部屋の兵士たちがエリックの部屋に押しかけてき た。テオ隊長達がドアを開けると、そこにはベッドの上で裸で仁王立ちしているエリック とその足元で意識を失っているリオンが見えた。
「エリック! こんな時間に何をしているんだ?」
テオ隊長の声に我に返ったエリック(リオン)は、慌ててシーツを被り、テオ隊長達を部屋から追い出そうとした。
「なんでもない! 酔っているだけだから出て行ってくれ。」
エリック(リオン)は隊長達をドアの外に押し出し、最後は足で蹴ってドアを閉めた。隊長はエリックの常とは違う様子に驚き、ドア叩いて叫んだ。
「おいエリック! どうしたんだ! リオン君は無事なのか?」
隊長はドアを再び開けようとしたが、ドアは閉まったままビクともしなかった。 しばらくしてリオンが落ち着いた様子で部屋から出てきた。
「隊長、迷惑をかけたな。エリックは酔って寝てしまったようだから、もう大丈夫だ。」
隊長が部屋を覗くと、ベッドの中でおとなしく寝息を立てているエリックがいた。 隊長は不信に思ったがリオンと目が合うと、もう大丈夫だろうという気持ちになった。
「リオン君、では何かあったら私を呼んでくれ。うるさくして悪かったな。ゆっくり休んでくれ。」
リオンはエリックがまだ熟睡していることを確認して、ポケットから手鏡を取り出した。
「じいや。私だ。」
「リオン様。お待ちしておりました。その後どうなりましたか?何か進展はございましたか?」
「喜んでくれ。昨日言った気になる人間はエリックという者なのだが、私の伴侶で間違いない。竜紋も確認したぞ。」
「なんと! それは大変喜ばしいことでございます。竜紋を確認したとおっしゃいましたが、まさか憑依の術を使われたのではないでしょうね...。」
「...! ま、まさか。もちろん違う方法で確認したぞ。」
「で、では、もう一方の方法をお使いになられたのですか? それはまた...なんともはや...。リオン様がその方法をお使いできるとは存じませんでした。」
「そうだ。それ(?)だ。」
リオンは、その方法が何かは分からなかったが一応肯定しておき、すぐに話題を変えることにした。
「伴侶を見つけたからには一刻も早く竜国に連れて行きたいと思うのだが、迎えを手配して貰えぬか? 私の体は小さいゆえ、エリックを乗せて竜国まで飛ぶのは危険だからな。」
「もちろんお迎えの準備は致しますが...。リオン様、ご伴侶さまを無理にさらって来たりしてはいけませんよ。きちんと同意を得てからお連れください。」
「なぜだ?」
「お相手は人間ですからね。寿命が異なる伴侶の場合、竜と寿命を合わせるために、『魂の融合』の儀式を行う必要がございます。『魂の融合』はお二人の気持ちがぴったりと一つになっていなければ成功いたしません。無理強いすると悪い印象を持たれてしまい、後に禍根を残しますからね。」
「分かった。一緒に来てくれるよう説得するので、迎えの準備を頼む。」
「かしこまりました。直ぐに手配致します。」
「じいや。そういえば父上には何もしないでくれという事は伝えてくれただろうな?」
「勿論でございます。決して何もしないとおっしゃっていましたよ。」
「そうか。それなら良いのだ。王宮の騒ぎは私とは関係ないのだろう。ところで、こうして無事伴侶と出会えたと言うのに、なぜ私は幼生のままなのだ?どうやったら成体になれるのだ?」
「リオン様。ご伴侶さまと共に過ごすことで、何かお気持ちに変化はございませんか?」
「うむ...。いとしいという気持ちは高まっていると思うぞ。それにへその下あたりがムズムズするような気もする。」
(リオン様。それが発情というものなのですよ...。)
「ご伴侶様と触れ合い、共に過ごすことでその気持ちは益々高まります。そして、ある一定まで高まると成体に変化するのです。」
「そうか。では焦らず待つとしよう。」
翌朝、二日酔いも無くすっきりと目覚めたエリックは、朝食後リオンを連れて衛兵詰所に出勤した。
「テオ隊長、おはようございます。昨晩は貴重なお酒をありがとうございました。とてもおいしかったです。」
テオ隊長は疲れた顔でエリックを見上げた。
「エリックか...。体調はどうだ? 昨日の事は何か覚えているか?」
「昨日ですか? お酒を頂いたあとは、ぐっすり眠れましたよ。なぜか朝になったら裸で寝ていて驚きましたが...。」
「そうか。エリック、お前はもうあまり酒は飲まない方がいいな。」
「そうですか? ところで、カテドラル市からの情報は何かありましたか?」
「それがカテドラルのバラク家には行方不明になっている子弟はいないとのことだ。リオンという名前の、銀髪で金の瞳の6,7歳の子供にも心当たりが無いらしい。」
「バラク家は末端まで含めると相当な数ですからね。今では貴族ではなく豪商となっているバラク家の人たちもいるみたいですし。情報が行きわたっていないのかもしれませんね。」
「これはもう、直接その子を連れてカテドラル市に行くしかないだろうな。」
リオンはそれを聞いて、ここぞとばかりにエリックを説得することにした。
「エリック、私と共に私の町に来てくれないか?」
「隊長、リオン君はこう言っていますが、私が連れて行ってもいいですか?」
「ああ。お前が適役だろう。頼んだぞ。」
リオンは無事エリックを説得できたことを喜んだ。
カテドラル市は王国首都から馬でゆっくり移動して2日の距離にある。エリックは簡単な準備をし、リオンをもともと着ていた服に着替えさせると、二人で一頭の馬に跨ってカテドラル市に向かった。しばらく経つとリオンがエリックに言った。
「エリック、そちらではなくこちらの道に行ってくれないか?」
「でもリオン君、そっちはカテドラルへの道じゃないよ。たしか昔の遺跡群への道だと思うけど。」
「その遺跡群に用があるのだ。」
(遺跡群を見てみたいのかな? それほど遠回りにはならないし、遺跡群で夜営をしてカテドラルに向かってもいいな。)
二人は遺跡群へ続く道へと入って行った。
遺跡群で一夜を明かしたエリックは、リオンが誰かと話している声で目が覚めた。
「なぜこんなに大勢で迎えに来たのだ? 必要最低限にしてくれと言ったであろう...。」
「リオン様。これでも大分絞ったのです。何しろ陛下まで迎えに行くと言い出して大変だったのです。」
エリックは簡易テントの隙間から外を見て度肝を抜かれてしまった。銀の長髪と金の瞳を持ち、華麗な軍服のような姿をした、いずれも大層美形の10人程の男たちがリオンを取り 囲むように立ち並び、側には天井付きの馬車のようなもの(車輪は無く2頭のワイバーンが繋がれている。)が停まっていた。エリックはテントの隙間からリオンに声を掛けた。
「リ、リオン君、これは一体...?」
「エリック、起きたのか。紹介するから出てきてくれ。」
エリックは恐る恐るテントを出て、リオンの後ろに立った。
「これはこれはご伴侶様。お初にお目にかかります。エリック様付きの侍従で、アルミンと申します。以後お見知りおきを。」
リオンの正面に立つ、年配の男性がエリックに挨拶をしてきた。
「ご伴侶様? だれが? だれの?」
「リオン様、きちんと説明して説得したのでは無いのですか?」
「説明はまだだが、私の町に一緒に来る事の同意は得ておるぞ。」
「リオン君の町って、カテドラル市じゃないの?」
「私の住む町は竜の谷だ。私は竜族だからな。」
(いやいや初耳なんですけど...。)
「エリックは長年探していた私の伴侶であることが分かったのだ。だから私と一緒に竜の谷へ行って、私と共に暮らしてほしいのだ。」
「伴侶って、何かの間違いじゃない? それに僕は小児愛好者じゃないからリオン君の相手は無理だと思うけど...。」
「むぅ...。私は今は幼生だからこのような姿だが、伴侶と会ったからにはすぐに成体になるから大丈夫だ。それにお前の望みもすべて叶える事ができるぞ。」
「僕の望み?」
「ああ。結婚と子供。それに小さな家と畑だ。」
「僕とリオン君で子供ができるの?男同士だけど...。」
(その前に種族がちがうけど...。)
「竜は雌雄に関係なく卵を作れるのだ。だから子供はできるぞ。今すぐ色々決めなくても 良いではないか。一緒に竜の谷へ行ってみて、どうしてもいやだというなら王国へ送り返そう。1日で帰れるから簡単だ。私と結婚したとしても、もちろん何時でも帰りたいときに王国へ連れて行ってやろう。」
エリックは簡単に帰れると聞き、竜の谷への興味が湧いてきた。
(だれも行ったことがない竜の谷へ行ってみる良い機会かもしれない。リオン君もお付きの人たちもそれほど怖そうじゃないし...。)
元来能天気にできているエリックは、深く考えるのはやめて、取り敢えず提案に乗ってみる事にした。もちろんリオンは一時帰国ならともかく、エリックを王国に送り返すつもり など微塵も無かったが...。
「じゃあ、竜の谷とやらに行ってみようかな。よろしくお願いします。」
乗って来た馬は近くの農家に預け、エリックとリオンはワイバーンが引く馬車(?)に乗り込み、一路竜の谷へ向かった。その周りを10匹もの巨大な竜たちが飛行する姿は圧巻 だったが、目くらましの魔術を掛けての移動だったため、竜達の集団飛行が噂にのぼることは無かった。
それからしばらくたった王城では...。
「陛下、竜王からのホットラインがまた来ております!」
「何! でかしたぞ。これでもう少し情報が得られるやもしれん。」
「陛下、こちらに聞いてほしいことをリストにしてあります。」
「何だ、30項目もあるではないか。こんなに聞けるか!」
「しかし、少しでも竜国の第6皇子に無作法をして機嫌を損ねたら大変です。好みなど調査しておかなければなりません。」
「うむ。そうだな。できるだけ努力しよう。」
国王は通信の小部屋に入った。この前と同じように、通信の鏡には竜王が映っている。
「アルベヒト三世。この度は大儀であった。おかげで我が息子も無事伴侶を見つけて戻っ て来おったぞ。礼を言おう。ささやかであるが礼の品を小人族に届けさせたので受け取ってくれ。そのうち着くであろう。」
「へ? ご子息はすでに来られて、もう帰られたのですか?」
「大変めでたいことだ。ではアルベヒト三世いずれまた会おう。」
竜王は国王の言葉を一切聞かず、一方的に話すと通信を切ってしまった。
通信の小部屋から出てきた、ガックリと肩を落とし、呆けたような顔の国王を見て、筆頭秘書官は嫌な予感を覚えた。
「へ、陛下。それで何か情報は得られましたか?」
「いや...。もう全て終わったのだ。全てな...。」
そう言うと、国王は筆頭秘書官の前を通り過ぎて行った。
「そ、それは、この王国はもう終わりだという意味ですか?陛下、どうなんですか?陛下 ~~~~!」
筆頭秘書官は青い顔で国王の後を必死で追いかけて行った。
一方、テオ隊長は沈んでいた。リオンをカテドラル市まで送りに行ったエリックが行方不 明になってしまったのだ。4日たっても戻ってこず、連絡も無いので、カテドラル市に問い合わせたところ、エリックらしき人物は来ていないとの事だった。急いで捜索隊を出した が、古代遺跡群の近くの農家で馬が見つかった他、有力な手掛かりは得られなかった。
その時、テオ隊長宛に伝令が届いた。
「テオ隊長はおられますか? 騎士団長が至急王宮の騎士団詰所に来るようにとの事です。」
テオ隊長は不信に思いながら、急いで騎士団詰所に向かった。すると、いつも通される控 室ではなく、立派な貴賓室に通された、壁側には何故か沢山の酒樽が積まれている。しばらくすると騎士団長が入って来た。
「テオ隊長。よく来てくれた。そこに掛けてくれ。」
テオ隊長は、騎士団長に勧められたソファに腰かけた。
「実は竜国の第6皇子が伴侶を探すために王国に来ることになっていてな。」
「ああ。何やらすごいVIPが来られるという噂は聞いております。竜国の皇子だったのですね。」
「ああ。だが、こちらが気づかぬ内に来て、伴侶を見つけて帰ってしまったらしいのだ。それで先ほど竜国からお礼の品が届いてな。そこにテオ隊長宛の品と手紙があったので来てもらったのだ。まだ封を開けていないので、ここでその手紙を読んでくれないか?」
「わ、私宛の手紙ですか? 何かの間違いでは?竜国の皇子とは一切面識がありませんが...。」
テオ隊長は恐々手紙を受け取ると、封を開いて手紙を読んだが、そのとたん卒倒しそうになった。
「テオ隊長どうしたのだ? 何が書いてある?」
「ど、どうぞ、ご覧になってください。」
テオ隊長は手紙を騎士団長に手渡した。
_________________________________
テオ隊長へ
この度は世話になった。図らずもテオ隊長の酒をエリックに飲ませることになってしまい 申し訳ない。お詫びに竜国秘蔵の酒を送るので受け取ってくれ。
竜国第6皇子 リオン・バラクシオン
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「テオ隊長、これはどういうことだ? 説明してくれないか?」
「はい。実はうちの隊員のエリックが先日北門で迷子を保護しまして...。」
テオ隊長はこれまでの詳細を騎士団長に報告した。
「そういえば迷子の届け出があったとの報告を受けたような...。その子供がリオン皇子だったのか...。」
二人はしばらくの間、無言のまま見つめあっていた。
ちなみに送られてきた竜国の秘蔵酒は、テオ隊長が一樽だけ受け取り、あとは騎士団に寄付することにした。
リオンと共に竜国に渡ったエリックは、リオンに案内されて竜国観光を満喫していた、恐れ多くも竜王夫妻に拝謁する機会も得た。竜王は人の話を聞かない所はあったが、朗らかで良い人だった。
竜国に来てからリオンとエリックはリオンの部屋の同じベッドで共に就寝していた。とは言えリオンは未だ幼生のままだったので、ただ一緒に寝ているだけだったが。 今夜も二人はベッドに腰かけながら、就寝前のひと時を過ごしていた。
「リオン君。竜国に来て一週間経ったし、一度王国に戻ろうかと思っているんだ。テオ隊長も心配しているだろうし。」
「まだたったの一週間ではないか。テオ隊長には手紙で知らせてあるから心配せずとも良いぞ。」
「手紙を出してくれたんだね。ありがとう。でも、あまり休んで衛兵をクビになっても困るし...。」
(このままだとなし崩し的にリオン君の伴侶にされそうだし...。)
「エリックは衛兵を続けたいのか? わが国の城で衛兵をしても良いぞ。それに、私が口利きすれば、何時でも王国の衛兵に戻れるだろう。衛兵でなくても希望すれば何にでもなれるぞ。」
「別に衛兵をどうしても続けたい訳では無いけど...。」
(確かに、竜国が口を聞いてくれれば何にでもなれそうだけど、あまりそういうことはしたくないなぁ。)
「とにかく、今日はもう遅いから、明日考えようではないか。」
「それもそうだね。」
「エリック、またいつものように口づけしても良いか?」
二人は共に寝るようになってから、毎晩口づけをしてから手を繋いで寝ていた。
「うん。いいよ。」
リオンはエリックの唇に軽く触れるキスをした。
「「お休みなさい。良い夢を。」」
エリックが翌朝目覚めると、隣に見知らぬ美丈夫が裸で寝ていた。
「だ、だ、だ、誰?」
「エリック、何だ? 起きたのか? 何を言っているのだ? 私だ。リオンだ。」
「え! リオン君なの?」
その時リオンは、自分の声がいつもより大分低いことに気づいた。エリックへ伸ばした手も、大きく筋張っている。
「私は成体になれたのか?」
リオンは急いでベッドを出ると、鏡の前に立った。そこには20代後半ほどに見える、背の高い腰まである銀髪の美しい青年が立っていた。
「私はついに成体になれたのか。エリック、そなたのおかげだ。ありがとう!」
リオンはエリックの側に駆け寄ると、エリックをベッドから持ち上げきつく抱きしめた。 エリックは美しい青年に抱きしめられ、自分の心臓が今まで経験したことが無いほど早く 脈打ち始めるのを感じた。それと同時にエリックの顔は首まで赤くなった。
(すごい。リオン君って尋常じゃなくかっこいいかもしれない...。)
それはエリックがリオン(成体)に一目で恋に落ちた瞬間であった。
リオンがエリックの夢をかなえるために竜の谷に用意した家は、エリックが思っていたようなかわいいものでは無く、広大な庭園付きの豪邸であった。もちろん、庭園の隅には小さな畑が忘れずに作られていた。
また、リオンが成体になってまもなく、リオンはエリックの体に竜紋を出すもう一つの方法を会得したのであった。
おしまい。