第9話:真の実力 ~神の味がした~
わけ、わか、らん……!!
憧れの王子様にものの弾みで告白して、その翌日にディナーに誘われOKの返事をいただきお付き合いすることになったわたくし。
舞い上がっているところに我が憧れの姫君と、エドワード様の屈強な執事が祝辞をおっしゃったのもつかの間。
「悪いんだけど今から料理を作ってくれない。厨房と調理衣を借りる許可は貰ってるわ」
ロゼッタ様からそうお願いされました。
「は……?」
わけが分からない。
分からないながらも、お店にあるエプロンドレス――メイド服――に着替えて、食材に向き合っているわたくし。
不可解なのに料理を作る気になったのが何故かというと……。
一流料理店の、一流の食材を使って調理していいですっておっしゃったんですもの!
この先何年生きるのか知りませんが、今の人生でそんな機会に巡り合えるわけがない!
「牛、豚、鳥、魚貝類……よりどりみどり。いろんな香辛料まで揃っているじゃないですかすごい……!」
「食材は好きに使っていいわ。一品よろしく。みんなコース料理食べた後だし軽めでね」
「よく分かりませんが分かりました」
「じゃ、席で待ってるから」
私がやる気を見せると、ロゼッタ様たちは厨房から下がっていきました。
あまり待たせない方がいいでしょう。
本格的な調理をするとなると、何時間も煮込んだり、下味をつけて熟成させたり、筋や骨を丹念にとったりといった作業があるが、夜更けになった今はそんなに待たせるような状況ではありません。
「パスタにしましょうか」
具材と調理時間を吟味して、わたくしは決めました。
作ろうとしているのはオーソドックスなクリームパスタ。麺を茹で、ホワイトソースを作ってかけるだけのお手軽料理です。
ソースのメインは牛乳と生クリームと卵、とろみ用の小麦粉。味と香りづけの香辛料はバジル、ローリエ、にんにく。それと塩を少々。隠し味に近くの鍋から魚貝類の出汁を拝借し、ソースにとろみがついたあたりでゆでたパスタを投入し、絡ませます。
コツは茹で時間と、煮立たせ方、それに調味料の分量。
「あれ……?」
不思議な事に、いつもならば完成に近づくにつれて料理がどどめ色を帯びて毒々しく変色し、目にかかる湯気が痛くなるほどの刺激臭が立ち昇るのですが。
「普通に料理が出来てしまいました……」
小さいスプーンでスープを掬い、恐る恐る味見するわたくし。
いつもならここで目から鼻から口から涙と鼻水と涎が留め止めもなく溢れるほどにやばいクリーチャーが出来るわけなのですが。なんと、恐ろしいことに。
「お、おおおおお、おいしいっ!」
そう。何故か今回は大成功でした。生まれてから料理に携わって、これが二度目くらいでしょうか。何故でしょう。何故か分かりません。魔法料理店の食材だから他とは違うせいでしょうか。それにしても美味しい。
ウキウキしながらお皿にスープパスタをよそい、仕上げに炒めたきのことベーコン、下茹でしたブロッコリーを添えて盛り付けます。
「お待たせしました。なんとびっくり、普通に食べれるものが出来ましたわっ!」
一般人にはそれが普通なのでしょうけれど、わたくしには十年に一度あるかないかの出来事でございます。
弾んだ声で言い、テーブルに並べました。
「えええ、びっくり。見た目も匂いも普通じゃない。というか、美味しそうね」
「ふむ……やはりか」
「美味しそうですね」
驚くロゼッタ様、何故だか思案顔のアルバート様。そしていつもと変わらずわたくしの料理を褒めてくださるエドワードさ……エドワード。
「冷めないうちに召しあがってくださいませ」
「ええ、そうするわ」
「いただこう」
「いただきます」
フォークを取り、先ほどのわたくしと同じくおそるおそるといったていのロゼッタ様。
丁寧にパスタにスープを絡め、慎重に味を吟味される様子のアルバート様。
期待感が満面に表れ、にこにこされているエドワード。
三者三様のお顔で口を開け、わたくしが珍しく調理に成功したクリームパスタを咀嚼すると――。
「…………」
「…………」
ロゼッタ様とアルバート様は絶句され、顔を見合わせました。まるで怪物でも見たようなお顔です。
「ああ、美味い。素晴らしい。フェリス。貴女は料理の天才だ……」
その横でエドワードは幸せオーラと賛辞をまきちらし、いつものようにわたくしの料理をご堪能されております。
「これ……、なに……?」
「なんだ、これは……」
ロゼッタ様とアルバート様の様子が、すこぶる奇妙でございます。
二人とも驚愕の様子でぶつぶつとつぶやき、しかしクリームパスタを食べる口と手は止まることなく完食されました。
「ない……?」
「もう、ない……?」
全てのパスタを食べ、スプーンで食器の端に残ったクリームソースを残らず掬って口の中に入れた後。ロゼッタ様とアルバート様は顔を見合わせ、エドワード様の顔を見て、わたくしの顔を見ました。
「どうです。フェリスの料理は最高でしょう」
二人に向かって、何故か我がことのように自慢する口ぶりのエドワード様。
ロゼッタ様もアルバート様も、何度もうなずかれました。
「どうやって作ったのよ、これ」
「なるほど、神の味だ」
茫然自失といったていでアイスブルーの目をまん丸に開けてロゼッタ様が問いかけ、アルバート様は椅子にもたれかかり陶然とした息をつきながら呟かれました。
「そんな、言い過ぎですわ」
あまりに過分、オーバーすぎると思いつつも、まんざらでもないわたくし。料理を褒められるとすぐに有頂天になるチョロい女でございます。
「エドワード様が悩まれるわけだ。このレベルの料理を毎日振舞われれば、どんな人間であろうと虜になってしまう」
「そうでしょう、そうでしょう。フェリスの料理は至高の領域なんです」
「どうやって作ったのこれ。ここのシェフのよりも数段上だわ」
「まさかそんな。わたくし、いつも通り普通に作っただけですし」
「うっそだぁ……!」
酷いことを仰いますねロゼッタ様。
「パスタの残りある?」
「お代わりですか? 半人前くらいしかありませんけども」
「それでいいわ。持ってきて」
「かしこまりました」
わたくし、厨房に戻ってお皿にパスタの残りをよそって持っていきました。多少冷えていますが味は問題ないでしょう。
「ちょっとシェフ、来て。彼女の料理を食べてみて下さらない?」
とんでもないことを!
ロゼッタ様の声に応じて、白衣と白く長いコック帽を着けた恰幅のいい白髪のシェフが奥から現れてきました。
月光の魔法料理店のオーナーシェフ、ロビンソン・ドット・ハライ様。
料理人界隈では五本の指に入るような有名人でございます。得意料理は出汁とマジックスパイスを利かせた肉料理だとか。
わたくし、激しくうろたえました。
「ま、待ってくださいロゼッタ様。本職の方にわたくしなんかの料理を提供するなんてさすがに恥ずかしいですわ」
何しろ相手は女王陛下の舌をうならせるプロ中のプロ。
わたくしごとき家庭料理もままならない女が適当に作ったパスタを食べてどんな駄目だしをされるのか、考えるだけで恐ろしい!
「いいから。……食べて下さります?」
「こちらですか。どれ……」
ロゼッタ様の思い付きで、素人料理に付き合わされるロビンソン様。顔に苦笑を浮かべつつフォークを取り、一口食べて――
「なん、だと……?」
愕然とした顔をされました。
驚愕を浮かべたまま、無言でもぐもぐと冷めかけのクリームソースパスタを食べ続けます。
本職のトッププロの不穏な反応。わたくし、どんな評価をいただくか気が気ではありません。
「も、申し訳ありません、お口汚しで」
カタン、という音と共にフォークを置いた魔法料理店のオーナーシェフ、ロビンソン様。
恐縮するわたくしの方を向いて、興奮しながらまくしたてられます。
「これをどうやって作ったのですか!? 小麦の味がくっきりとしたパスタの食感。ほのかに甘みが付いたクリームソースの奥深さ。何種類ものスパイスの絶妙なバランス! 全てが完成されている。とてもうちの食材で到達できる領域とは思えない……ああ、これはまさしく……」
ロビンソン様はこれでもかというくらいの絶賛を並べ立て、言葉を切り。
状況についていけないわたくしの前で、涙を流しながらおっしゃられました。
「神の領域だ……!」
あの、随分と大安売りの神様ではないのですか?
「フェリスさんでしたかな」
「あ、はい。そうです。エモルトン家が次女、フェリス・リッツ・エモルトンにございます」
「私を弟子にしていただきたい」
「…………」
料理歴四十年を超える大ベテラン。女王陛下の舌を魅了した一流の料理人。
国の五指に入る有名料理店のオーナーシェフが、わたくしに対して弟子入りしたいとおっしゃっている。
頬をつねりました。
痛いです。夢ではないようです。
わけ、わか、らん……!!
心の底からそう思うわたくしに、エドワードがぽつりと一言おっしゃいました。
「ようやく正当な評価を得られましたね」と。