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第6話:夜のお誘い

 

『人のいないところでゆっくり話をしたい』


 告白の翌日。


 学園の講義が終わった後にエドワード様に誘われ、学園寮とは反対方向にある公園で待ち合わせをしました。

 なるべくフォーマルな服を、との仰せでしたので、こういう時の為に古着屋で奮発して買ったワンピースタイプのドレスに袖を通しております。


 学園寮で暮らすことが決まった際、お父様とお母様からいただいた餞別と、わたくしのへそくりを足してどうにか手が届いたそのドレスは、胸元が少しくすんだホワイトブルーのロングドレス。刺繍やフリルといった装飾も少ないですし、布地に使われている絹もほんの少ししかない二級品ですが、子爵家の娘の持ち物としては普通の水準。幸いにしてわたくし、料理と違って裁縫は多少できるので、定期的に手入れしております。


 着るのは、学園の新入生歓迎会以来になるでしょうか。

 今では、いい思い出ですが――歓迎会は衝撃的な体験でした。

 一目で高級な仕立てと分かるおめかしをされた、上流階級の先輩たちに同級生たち。そんな中に立つわたくしのドレスは、布地のほとんどが麻と木綿。刺繍もなく宝石もない、見栄えのしない中古品。


『ぅ、わぁ……』

『ここはブリシュタット魔法学園だぜ。すげえな、あんな古着を着てくるなんて』

『親はどこの奴だ?』

『子爵家の娘ですって。女王陛下の奨学金を貰ってどうにか通えてるって』

『ああ、だからあんな場違いな格好なのか』

『可哀想に』


 皆様方は、わたくしを見るなりくすくすと含み笑いをされました。口が軽いのは、ワインが出されたせいもあるのでしょう。


 いたたまれませんでした。


 着飾ったレディース&ジェントルマンの皆々様に自分に出来る精一杯のおめかしを馬鹿にされ、わたくしは悔しいやら恥ずかしいやらでしたが、取り乱したり怒った素振りを見せれば格好の話題の種にされると思い、無表情を取り繕っておりました。


 そこへ来られたのが、鮮やかなワインレッドに薔薇の刺繍が施されひときわ豪奢なドレスを着た金髪碧眼の超絶美貌の女性と、燕尾服を完全に着こなし清潔感そのものが具現化したようなたたずまいをした金髪碧眼の超絶美形の男性。


 ロゼッタ様と、エドワード様でした。


『すまない。クラスメイト達が非礼を働いた。ホストとしてあるまじき態度だ』

『そうよ。あの手の馬鹿はほっときなさい。他人を嘲って喜んでるような小物にかかずらうだけ時間の無駄よ』


 周囲に聞こえる声でお二人が述べ、ぴたりと、含み笑いが聞こえなくなりました。


『あ、ありがとうございます』


 わたくし、恐縮して礼を述べました。

 後でその御二方が、この国の王女様と隣国の王子様だと知らされた時のわたくしの心境たるや――


 ……よく考えると、今と変わりませんね。

 わたくしのことをお友達と言ってくださるロゼッタ様には、恐れ多いやらありがたいやら。エドワード様については、身の程知らずにも密かにお慕いしている状態から密かでなくお慕いしている状態になったわけで、恐れ多い気持ちはあの当時と一緒です。


 公園に着くと、既にエドワード様がいらっしゃいました。

 地平線に沈みゆく夕焼けが頬を染める中、四人乗りの馬車が公園に停まっています。

 行者は執事のアルバート様のようです。そしてもう一人。金髪碧眼の絶世の美女がたたずんでいました。わたくしにとって二つ年上の先輩であり、憧れでもある方です。


「ロゼッタ様!? 何故ここに」

「フェリスの護衛」

「は……?」

「殿方相手に女一人で出向くなんて危ないでしょ」

「え。えええ……?」


 次期女王として色々と忙しい身分なのでは?

 実力主義が建前の学園の宿題だって相当な量が――ああでも、ロゼッタ様って要領よく課題をこなす天才でしたわね。

 ロゼッタ様が同道されるのは全然かまわないのですが、二人の名誉のために一言申し上げるべきでしょう。


「お気遣いはありがたいのですが、エドワード様もアルバート様も素性は確かな方ですし、学園主席を争う成績優秀な殿方たちが馬鹿な真似をするはずがないかと」

「そりゃそうでしょ。じゃなきゃ止めるわよ。私のお友達がそこらの男についていって乱暴されるなんて想像するだけで腹が立つわ」

「ですから、二人ともそんなことは――」

「それは分かってるって。私が警戒しているのはこの場にいない学園のアホどものこと」

「……ええと?」


 意味が分からない。

 ここにいない人間を警戒する事と、ロゼッタ様が同席されることとがどうつながるのだろうか?


「いい、フェリス。夜に女が男の誘いを受けて二人きりってシチュエーション、外野が噂を流すには格好の餌よ。クソ恋愛脳の暴走を甘く見ちゃ駄目。特に貴族連中ってば、王族のあることないことを面白おかしく盛ってはやし立てるのが大好きな面倒くさい生き物だから。潔白を証明する第三者が要るの。それも、敵に回したら滅茶苦茶ヤバイって牽制できる人間じゃないと意味がないわ。だから私なの」

「それで、わざわざ来られたのですか」

「そうよ。迷惑だったかしら?」

「いえ。お気遣いありがとうございます」


 少し考えればもっともな話。姫様への借りが、また増えてしまいました。

 不名誉な噂話がわたくしのことだけならばまだしも、エドワード様やアルバート様を巻き込んでしまうとなれば目も当てられません。


「『月光の魔法料理店』の個室を予約してあります」


 先に待っていた三人で話はついているのでしょう。会話がひと段落したのを見計らって、エドワード様がそうおっしゃいました。


「私とアルは別室にいるわ。それならいいでしょ?」


 アル、とは。

 いつの間にか執事のアルバート様と仲が良くなっているのですね、ロゼッタ様。

 といってもエドワード様に接するのと同じ態度ですし、単なるお友達ということも十分にあり得るわけですが。

 いずれにせよ、今考えるべきことではありませんでした。


「は、はい。ありがとうございます」


 わたくしは(いざな)われるまま馬車に乗りました。


 ***



 馬車を走らせて数十分後。

 わたくしたちはお目当ての店に着きました。

 ロゼッタ様、アルバート様と一旦別れ、レストランの個室へ通されました。


『月光の魔法料理店』と言えば、上流貴族御用達の有名店です。食材も一流、調理人も一流、内装もお店の雰囲気も一流。食器類のほとんどは老舗ブランド工房のいいものを使っていますし、フォークやスプーンは銀で出来た上に鮮やかなレリーフが刻まれています。

 メニュー表の価格を見ると、ぶどうジュース一杯がわたくしの普段の食費一週間分ものお値段でした。


 顔から、血の気が引くのが分かりました。


「あの……わたくし、持ち合わせが」


 お店に入り、通された個室の椅子に座っておいて今さらなのですが、ロゼッタ様の登場に驚いたこともあり失念しておりました。それにここ最近、学園のカフェテリアでエドワード様のご厚意に甘えさせていただいたことに慣れてしまったせいもあると思います。


 もっとも、カフェテリアの際はギブ&テイク。ただ奢っていただくだけでなく、わたくしも試作の料理やお菓子を持参しています。

 しかし今は手ぶらで、財布には銀貨が数枚入っている程度でした。とても足りません。エドワード様に一方的に支払いをさせてしまうことになってしまいます。


「構いません。私の方から誘ったのですから。それに貴女の作ってくださる料理の方がこの店の何倍も、いや、比較にできないくらいに美味しい。ですので心苦しいのなら、普段私が返しきれていないものの埋め合わせと考えてください」

「まあ……」


 馬鹿にされていると、他の方がおっしゃったのなら憤慨していたことでしょう。

 エドワード様のお言葉が真実、心からのものであることは、これまでわたくしの手料理を完食されたという事実が雄弁に物語っております。


「それは流石に、言い過ぎですわ」


 照れるわたくし。


 もしもエドワード様がわたくしの告白が断られても、お友達として引き続き料理を食べていただきたいと、そう考えるのは都合がよいのでしょうか。


「では、お言葉に甘えさせていただきます」

「ええ、好きな物を注文してください」


 エドワード様が、にこりと笑います。

 わたくしそれだけで、胸の鼓動がトゥンクトゥンクと高鳴るのがわかります。我ながら実にチョロいと申しますか何というか。


 メニュー表のお値段にしり込みしつつ、ワクワクしながら料理を物色するわたくし。わたくしクラスでは生涯に一度か二度入れるかどうかという一流の料理店の味を確かめる絶好のチャンス……!


 告白への答えが気になりつつも、食い意地が張ってうきうきのわたくし。

 後から思い返すとマイナス五十点くらいの態度なのですが、エドワード様は一緒にメニュー表を覗き込んでお勧めを教えてくださいました。


 ほどなくして料理が運ばれ、わたくしは一流シェフの作り出す素晴らしい味わいに舌鼓を打ち。

 エドワード様も同じく料理を平らげた後に、こうおっしゃいました。


「やはり、貴女の料理の方が何倍も美味しい……」


 珈琲を飲みながらの、しみじみとした口ぶりでした。



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