第4話:いんたーみっしょん~告白後のフェリス~
「で。返事はしばらく待って欲しいと言われたと」
「はい」
魔法学園の女子寮にて。
ロゼッタ様のお部屋に招かれて、わたくしは二人きりで女子会を開いておりました。
カフェテリアでエドワード様に想いを伝えた日の夜のことでございます。
ロゼッタ様は、両膝を広げて胡坐の姿勢。王女にあるまじき行儀の悪さでベッドに座っておられます。
やや離れたところに勉強机があり、わたくしはその近くにある椅子に座っております。
「意外と煮え切らない男だったのね。……まあいいわ。おめでとう。うじうじ悶々と後悔を抱えてクソ雑魚なめくじみたいな学園生活を送らず済んでよかったじゃない」
「あ、はい。ありがとうございます……」
「何で上の空なのよ」
「だって殿下からお返事をいただいてませんので、気が気ではありませんわ」
「フェリス」
ロゼッタ様は自分の金髪をぷちんと一本引き抜くと、例のごとく子猫にしてきました。身構えるわたくし。だってこういう時はいつも投げつけてきますので。
「ご褒美にゃんこ」
ところが姫様、優しく猫をリリースされました。
「にゃっ!?」
てこてこ、とわたくしの方へ子猫が近づいてきます。ブラウンダビーの毛並みをした、愛くるしいキジトラちゃん。ちっちゃくて可愛らしいお猫様が、わたくしの足元へ歩いてきたかと思うと、すりすりと靴をなめてきました。
「にゃにゃにゃっ、何て可愛らしい!?」
「好きに撫でていいわよ」
「本当ですか? 爆発しませんか!?」
「私の魔法を何だと思ってるのかしら」
「あらまあ可愛い可愛い、にゃんこちゃん」
手に取った猫が、頬ずりを、頬ずりをわたくしの指に。ふわあああ。にゃあにゃあと可愛く鳴くお猫様……!
「ちょろい娘ね」
「そんなことを言われましても。この可愛さに抗えとおっしゃるんですかもふもふ」
猫を吸うわたくし。ヤバイ自覚はあります。ちょっと今は、エドワード様にとても見せられない顔になっております。
「いいフェリス。それが貴女よ。どこにでもいる年頃の娘さん。恋愛にうつつを抜かして心ここにあらずになるくらいに小心者で、猫を撫でたら気分が変わる。それが貴女」
「は、はあ……」
「何を藪から棒にって思ってるでしょ」
「失礼ながら思っています」
「フェリス、王族と付き合うってどういうことか分かる?」
ロゼッタ様の美貌。透き通ったアイスブルーの瞳が、わたくしの藍色の瞳へ真っ直ぐに向けられていました。
「恥ずかしながら分かりません」
「世界が変わるのよ」
「世界」
わたくしは吹き出しかけ、とっさに口元を覆いました。
「フェリス。私は真面目な話をしてる」
さすがは王女と言うべきか、ロゼッタ様が本気で睨むとかなりの迫力があります。殺気や敵意というものではなく、生まれ持った気質というか、覇気が違うと申しますか。
「申し訳ございません。真面目に聞きます」
わたくし、子猫を撫でる手を止めて、ロゼッタ様にきちんと向き合いました。
「それでいい。王族の端くれにいる者として警告するわ」
端くれどころかメインストリートど真ん中にいると思いますが。
「王族と付き合って潰れる人は男女問わず多いの」
いえその、そもそも付き合える人の数自体が非常に少ないかと思いますけれども。そこをつっこんだらまた猫を投げられるのは火を見るよりも明らかですので、わたくしググっとこらえました。
ともあれ、潰れるとは不可解です。
「何故です? 釣り合わないと思い知らされるからですか?」
「世界が変わるのに耐えられなくなるのよ」
「それは、わたくしが変わってしまうという話でしょうか……?」
「フェリスが変わるんじゃない。まあ、多少は変わるかもしれないけど、それ以上にフェリスを見る周りの目が変わるわ。あなたはこれから子爵家の令嬢フェリス・リッツ・エモルトンではなく、隣国ラターシュの王子エドワードの将来の妻、または側室、または愛人候補という見方をされる」
「は、幅が広いですわね……」
エドワード様の正妻になるというのはあまりにも夢を見すぎだけれど、愛人という立ち位置で都合のよいように肉体関係を結ぶというのは流石に困る。というか嫌だ。
わたくしの身勝手でワガママな考えかもしれないけれど、好きな相手には自分だけを愛して欲しい。
「ハーレムって殿方の夢らしいしね」
「エドワード様に限ってそんなことはありませんわ!」
あの方は誠実な方だ。
誠実で、優しくて、気さくで……どのような人間を相手にしても、対等に接することを忘れない奇特な王子様だ。
「ま、そこは脇に置きましょう。今の本題じゃないから」
「ないったらないんですわ。あの方に限って愛人だなんて」
「あまり感情的にならないでちょうだい。口が過ぎたわ、ごめん」
「…………むぅ」
にゃあにゃあと、猫が鳴きました。
釈然としませんが、ロゼッタ様と喧嘩をしたいわけではないのでわたくしもそれ以上は食い下がりませんでした。お慕いし、尊敬もしていている方を悪く言われたようで、多少ムカつきはしておりましたが。ロゼッタ様も一応は謝ってくださいましたし。
「いいこと、フェリス。本気で王族と付き合いたいなら先を考えなさい。大抵の人間はフェリスとエドの関係が真実の愛かどうかなんてどうでもよくて、如何に面白おかしくゴシップのネタとして消費するかどうかの方が重要なのよ。嫉妬にかられて悪い噂を流す馬鹿も出るし、付き合いが長くなれば取り入ろうとしてあれこれの名目でフェリスに近づいてくる奴もいる。そういう奴らをまともに相手する事はないわ。適当にあしらって無視する術を心得ないと」
「お言葉ですが、ロゼッタ様」
「うん?」
「エドワード様は、わたくしとお付き合いして下さるとは仰っておりません」
「現時点ではね」
「告白した経緯も物の弾みでございます。わたくしのような身分の者が、エドワード様とお付き合いできるなんて夢を抱けただけでも十分でございます。ロゼッタ様には感謝しております。貴女の後押しがなければ、おっしゃるとおりうじうじと後悔を抱えて生きていたことでしょう」
自分なんかがあの方とお付き合いできるなんて思い上がるつもりはない。もしかしたら……なんて妄想はどうしても浮かんでしまうけれど。
想いを告げることができた。
それだけで、十分だった。
「あのね、フェリス」
「はい」
「エドってば、貴女が思っている以上に貴女の事を好きなのよ」
真面目腐ってロゼッタ様がおっしゃいますが。
わたくし、そこまで自意識過剰でも思いあがりもしておりませんので、本気でとれるわけもなく。
「はあ……」
と、生返事を返しましたところ、
「無礼者」
「ふぎゃっ!?」
姫様の手が神速で閃き、猫を投げつけられました。
「本気で言ってるわよこれも。もしもフェリスがエドにフラれることがあるとしたら、それはもう貴女以上に好きな相手がいる時だけだから。でもエドは私が見ている限りフリーよ。だから絶対に貴女はエドと恋人同士になる」
「絶対ですか」
投げつけられた猫を顔からひっぺがすと、にゃあと鳴かれました。
「絶対よ。私の眼力はすごいんですから」
「あの……失礼ながらロゼッタ様は、その手の話題にかまける女子を“恋愛脳”と揶揄するくらいに色恋沙汰には疎いのではなかったのですか?」
「…………」
図星だったのでしょう。
ロゼッタ様のお顔が凍り付いたようにこわばり、次いで目が泳ぎ、口笛まで吹く始末。
艶やかな金色の前髪の下にある美貌が、珍しく面白おかしいお顔になっております。
わたくしも追撃を控えましたので、下手な口笛がやむと共に少しの間沈黙が訪れました。
「……フェリス、新しく猫を出したら撫でる?」
「撫でます」
誤魔化しましたね、なんて指摘するのも無粋ですのでわたくしはうなずいて、しばしロゼッタ様が作った可愛い猫をモフらせていただきました。