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第18話:犯人を捕まえろ

 

「そのくらい簡単だけれど」


 ロゼッタ様が自分の髪の毛を一本引き抜いて、そのまま床に落としました。

 落下してゆくわずかな間に、髪の毛はもこもこと大きくなり、手が生え、脚が生え、首ができ愛らしい顔を形作り、見事な金髪の子猫になりました。


「うにゃあぁぁん」


 子猫はひと鳴きすると、顔を上にしてあたりを見回します。


「行きなさい」


 ロゼッタ様が命ぜられると、猫は言われるがままアルバート様の足元へとことこと歩いていきました。


「相変わらず流石だ。エド、例のものを」

「こちらに」


 アルバート様が片手で猫を抱えます。そこへエドが近づくと、懐から薄い紙を幾重にも折り重ねられたものを取り出して、アルバート様の空いている方の手へ渡されました。


「魔法料理店でロゼッタ様が口にしたスープから抽出した毒の成分です」

「この成分に俺の探知魔法を加えてから、ロゼッタ姫が作った猫へ組み込む」


 紙を広げた中には薄茶色の粉末がありました。アルバート様が一言、二言、不明瞭で聞き取りづらい呪文を唱えられます。

 唱え終えるとロゼッタ様が作られた猫にその粉末をあてがいました。猫はにゃあにゃあ鳴きながら、美味しそうに粉末を残らず舐めとってゆきます。


「その毒を用意した者の下へ行け」

「ふにゃあん」


 猫が雄叫びをあげるように応じ、てこてこと歩いていきました。

 わたくしの足元を素通りし、女王陛下やロゼッタ様には目もくれず、お部屋の出口へ――


「魔法料理店にいた容疑者は今、どちらに?」

「全員、地下牢近くの待合所にいるわ」


 女王陛下が答えられました。



 ***



 それから子猫はとことこと城内を進みました。階段を降り、扉をくぐり、たどり着いたのは奇しくも王宮の地下にある収容施設。

 魔法料理店のスタッフの方々がそこにおりました。一人一人、不憫ですが個室に入れられております。といっても、拷問されたわけではなさそうで、一様に疲れの色を見せてはいましたが、傷はどこにも見当たりませんでした。

 一緒に厨房で料理を作ったシェフ達がいます。料理を運んでくれた給仕の方々、お掃除や皿洗いをして下さった見習いの方々、お酒の選び方を教えて下さったソムリエの方がいます。


「うにゃあ!」


 猫はとことこと歩き、ある扉の前で止まると大きく鳴きました。


「まさか……」



 その扉の中には、月光の魔法料理店のオーナーシェフ、ロビンソン様がおりました。


「あり得ませんわ。ロビンソン様が毒殺だなんて大それた真似をするはずが――」

「にゃあ、にゃあ、にゃあ!」


 わたくしの抗弁を否定するように、魔法猫が立て続けに鳴きました。


「あの……お揃いで、何か?」


 ロビンソン様は、憔悴されたお顔で尋ねられました。

 当然のことでしょう。自分のみならずスタッフの皆まで処刑されるかどうかの瀬戸際に立たされているのですから。お店の評判だって、傷がつくどころではありません。


「お前が毒を盛った」


 ずばりと、アルバート様がおっしゃいました。

 真顔で、真っ直ぐにロビンソン様の瞳を見つめ、勘違いのしようのない言葉と態度でした。


「へ……? わたしが……?」


 ロビンソン様が目をぱちくりとさせてしばらく呆けておりましたが、時間が経ち言葉の意味を理解するにつれて、疲労困憊の顔に涙と困惑とを浮かべられました。


「何かのご冗談でしょう?」

「いや、間違いない。はっきりと分かった。なまなかな術者どころか一流どころの魔術師も騙せるだろう。俺すら今の今まで気づかなかったくらいだ」

「勘弁してください。私はただの料理人です」

「そうですわ。アルバート様。何かの間違いです。ロビンソン様は女王陛下からお褒めの言葉を賜ったことをいつも自慢しておりました。そんな方が毒殺だなんて」

「偽物です」

「…………」



 アルバート様の一言に、ロビンソン様が数秒固まりました。


「何を、おっしゃいますことやら」

「エド、あれを」

「ここに」


 視線をロビンソン様(?)に向けたまま、アルバート様が横に手を差し出し、心得たエドがその手のひらの上に小さな石を置きました。

 表面に、魔術の文様が走ったその石は、魔法料理店でわたくしが働いてからのこの数か月、何度もお世話になった魔法道具でした。


「これは封魔の石といってな。我が国の鉱山からとれる石を加工することで出来る特産品だ。砕くと、近くにいる者に掛けられた魔法を解除することができる。このように」


 アルバート様の口から、小さな呼気が発せられました。

 強烈な握力が掛けられて、石がびきりと音がして割れました。

 ロゼッタ様が作られた魔法猫が、途端に一本の髪の毛に戻ります。


「くっ!」


 ロビンソン様が、両手で自分の顔を覆いました。

 エドワード様が走り寄り、その両手首を押さえつけて、関節をねじり上げました。それは長年の訓練を続けた者の鮮やかな手口。目にも止まらぬ早業でした。


「くそっ、見るなっ!」


 悪態をつき、もがくロビンソン様の顔が、目まぐるしく変わっていきます。

 白髪交じりだった髪の毛の色が、くすんだ茶色になり。

 年老いてたるんだ皺が、張りのある肌に変わり。

 目の位置、鼻の高さ、口の位置がわずかずつ動いていき。

 人相も骨格すらも変わっていき、別人の顔になっていきました。

 年齢は、四十代くらいでしょうか。先ほどまでの温和な老紳士といったロビンソン様の面影は何処にもなく、陰惨な面体をした目つきの悪い中年男がそこにいました。


「造形魔法の一種です。ここまで精巧に化けられる術者は世界でも数えるほどでしょう」

「ロビンソン様は? 本物のロビンソン様はどこにっ!?」


 叫びながら、自分の顔から血の気が引くのが分かりました。

 女王陛下を平然と暗殺しようとするような人です。ロビンソン様に成り代わるために殺すくらいは平然としておかしくありません。


「さて、どこだかな。生きてはいるが、後で犯人に仕立て上げる為にいくつかの薬を盛ってある。解毒薬のレシピを作れるのは俺だけだ」

「口の軽い奴だ。暗殺者としてはともかく、諜報員としては二流だな」

「ふん。舐めるな」

「状況が分かってないようだから教えてやる。俺の得意魔術は失せもの探し。そしてそこにいる新進気鋭の天才料理人は、万能の解毒剤を調合できる希少な能力者だ」

「……なんだと?」


 暗殺者さんは、いぶかしげにわたくしを見ました。


「ロゼッタ姫。もう一匹、猫を作ってください。ロビンソンの髪の毛か、身に着けていた服の切れ端があれば探知できる。フェリス殿は料理を作ってください。貴方の魔力がこもっているのならメニューは何でもいい」

「はいはい、どうぞ」

「すぐに取り掛かります」


 ロゼッタ様が新たな髪の毛を一本引き抜きます。わたくしは小走りで王宮の厨房へ向かいました。

 急いでいたので、それから後の暗殺者さんの扱いについては後で教えてもらいました。



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