第17話:不発の身分差クロスカウンター
わたくし、自分で言うのもなんですが、かなり温厚な方だと思っております。
けれどもこれは、あまりにひどい。
婚約したいとまで考えていた恋人が、身分を偽っていて。しかもわたくしだけそれを知らなかったなんて、ひどすぎます。
「い、いいいい、いつから皆さん知っていたのですか!?」
声が震えました。
エドは影武者で、つまりアルバート様が本物の王子様!?
アルバート様やエドが知っているのはともかくとして、何故ロゼッタ様や女王陛下がそのことをお知りなのか。
「特にロゼッタ様。知りながら黙っているなんてあんまりじゃないですか」
「私の方は、はなから知ってたわけじゃないわ。アルとエドを観察してるうちに多分そうなんだろうなって思いはしたけど、あえて確認はしてない」
「申し訳ない、フェリス。私の口から真相を明かさなかったのが悪かったんだ」
きっぱりとおっしゃるロゼッタ様に、本当に申し訳なさそうな顔のエドワード。
わたくし、毒気を削がれていくのが分かりました。
「わざと隠して笑いものにするような意図はなかったと」
「するわけないじゃない、そんな下らない真似。それともまさか、この私がするように見える?」
「むぅぅ……!」
おっしゃる通りだ。
余人ならいざ知らず、『友達が付き合っていたのが実は偽の王子様だった』なんて案件を、あのロゼッタ様が中傷したり揶揄するわけがない。むしろ偽物に対して怒る方だろう。
「ひどいですわ、エド。もっと早くお話してくだされば、身分が違い過ぎると悩むこともありませんでしたのに……!」
「本当に申し訳ない」
「いや謝るべきは俺だ。影武者が正体を明かすなど本来あってはならぬゆえ、ギリギリまで口止めしていたのだ」
エドが深々と頭を下げ、アルバート様がかばいつつ謝罪を口にされました。
「まったく……」
わたくし、深く息を吐き出しました。
黙っていたことに対して怒る気持ちがないわけではないのですが、エドとお付き合いした日々を振り返れば思い当たるふしがないわけでもありません。学園にいる際はアルバート様の近くに居ましたし、何度かもしも自分が影武者だったらどうするかと身分をほのめかし――って……。
もしかして、わたくしが鈍感なだけ!?
実はエド、何度も自分の身分を明かしていたりしました?
それにも関わらず、わたくしは全く気付かずに冗談だと思って取り合ってなかった?
「ああああ……!」
「どうしたの、フェリス?」
「エド……そのう、わたくし……、実は何度も、正体を明かされています?」
わたくしの方では『たわいない話』だと思っていたエドとの日常会話。
その中で何度も、『王子様は実は身分が違っていた』というおとぎ話を聞かされていたような。
「ええ。仰る通り、婉曲的な表現でなら何度も……」
ばつの悪そうな顔で告げるエド。
「ふわあああああ……!!!」
その場にうずくまるわたくし。
恥ずかしい。
穴があったら入りたい!
「わたくしが悪いようです申し訳ありませんわ。皆さま全く悪くはありません、愚かでにぶちんなのを許してくださいませ」
女王陛下の御前であることをすんでのところで思い出し、子供のようにごろごろと転がるのをどうにか思いとどまる。
「一つ、聞きたいのだけれども」
頭上からの声に、わたくしすぐに立ち上がって背筋を伸ばしました。
他ならぬ女王陛下のお言葉でした。醜態をさらすわけには参りません。
「なんでございましょう、陛下」
「貴女は、お付き合いをしている相手が王子でなくてもいいのかしら?」
「当然ですわ。わたくしが惹かれたのは王子という身分ではなく、わたくしの料理を美味しいと言って食べて下さるエドの笑顔ですもの」
「ふうん。そう」
女王陛下が、エドに流し目をくれました。
「あなたの方はどうなのかしら? 料理くらいしか取り柄のない貧乏な子爵家の娘と、お遊びではなくきちんとお付き合いを続けるつもりはあるの?」
「フェリスが良ければそのつもりです」
「王女でもないのに?」
「もちろんです。失礼ながら影武者の私ならば、分相応の相手かと」
「まあ……」
きっぱりとおっしゃるエドワード様。男らしいですわ。
わたくし、照れてしまいます。
「分かりました。……フェリス。昨夜にロゼッタから聞かされた話は忘れなさい。貴女はこちら側の世界には向いていないわ。純朴な男と添い遂げて、美味しい料理を食べてもらって幸せを感じるくらいがちょうどいいでしょう」
「待ってください陛下。それは――」
ロゼッタ様が慌てた様子で抗議を仕掛けましたが、エカテリーナ陛下は皆まで言わせずに続けられました。
「ロゼ。貴女も可愛いわたくしの娘よ。たとえどういう経緯があろうともね。それとも、わたくしの後継者になるのは厭かしら? あなたこそ向いていると思うのだけれども」
微笑みを浮かべつつも、毅然とした女王陛下。
ロゼッタ様が、珍しく戸惑っておられます。
「本気なのですか……?」
「本気よ。後は、貴女次第」
事情を知らぬ者にとっては、何のことか分からぬ意味深な会話にしか聞こえなかったでしょう。けれどもロゼッタ様から出自について聞かされた今では、女王陛下の意向がはっきりと分かりました。
わたくしは引き続き、王女ではなく子爵家の娘として。
ロゼッタ様も引き続き、影武者ではなく王女様として。
変わらぬ身分でこの先も過ごすようにと、そうおっしゃられているのです。
「返答は、フェリスと話し合ってからにさせてください」
「そうね……。それがいいわね。二人とも、ゆっくり考えなさい」
ロゼッタ様が目くばせされ、わたくしはどう反応していいのか分からず曖昧な笑顔を浮かべました。
正直を言えば、王女という身分が自分に相応しいとはとても思えず。それに加えて女王になって国を統治せよと言われても、上手くやれる自信がまったくございません。
わたくし、しがない子爵家の娘として、お金がないとぼやきつつもあくせく働く方が性にあっていると思います。けれどもそのためにロゼッタ様の人生を犠牲にしてしまうのはどうかとも思うわけで。
ええ、そうですわ。女王陛下のおっしゃる通り。
二人きりできちんと肚を割って話すべきですわね。改めて。
「話がまとまったところで、別の要件を申し上げてもよろしいでしょうか?」
頃合いを見計らっていたのでしょう。アルバート様がそう切り出されました。
エカテリーナ陛下が頷かれます。
「何かしら?」
「この度の毒殺未遂事件の犯人についてです。ロゼッタ姫が復活された今、すぐに特定する方法があります」
「私が何かすればいいの?」
ロゼッタ様が尋ねると、
「いつもの魔法で、猫を一匹作っていただきたい」
アルバート様がそう答えられました。