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第16話:激辛料理は至高の料理(ロゼッタ視点)

 


「相変わらず、すごい色ね……」


 さんざん待たされた挙句、シチューの入ったお皿を持ってフェリスが来た。

 まあそうだろうな、と心の中で苦笑して、あーんと口を開ける。

 フェリスがよそったひと匙を、『今の舌でも辛さは感じられるのかしら』なんて思いながら口にすると――。


 濃厚な旨味が、口いっぱいに広がった。

 羊肉の旨味。スープの旨味。具材の旨味。

 出汁が効いていた。

 ほどよい塩味の中、無数の旨味が重なり合い、互いに互いを引き立たせていた。


「…………」


 絶句するほどに美味しい。

 痛み切った身体に染み入るように、ゼラチンめいた羊肉がほろりと崩れて喉を優しく通っていく。

 煮崩れかけた野菜の食感が、いがらっぽくなった口内を心地よく満たし、肉汁と野菜の栄養をふんだんに湛えたスープが、細胞の一つ一つに生命力を吹き込んでいく。


 これまで自分が味わってきた“美味”という概念が、音を立てて崩れ去るかのようだった。

 魔法封じの細工をしてフェリスが作った料理も掛け値なしに美味しかったが、今、味わっているこれは桁が違う。


「おかしい」


 どんな味であろうとも、美味しいと言うつもりだったのだけれども。


「美味しすぎる」


 本当に美味しいのは想定外だった。

 おまけに、身体が軽い。今の今まで死ぬほど弱っていたのが嘘みたいだ。

 視界が開けて、フェリスのお間抜けな顔がばっちり見える。頭にうすらぼんやりとかかっていた靄が消えて、すっきりとしていた。吐き気もないし、咳もでない。喉も痛くない。というか身体のあちこちにあった痛みが消えた。


 くぅぅぅ……と、お腹が鳴った。

 食べたい。

 心の底からそう思った。もっと食べたい。

 我が人生で美味しいものランキングぶっちぎりの一位に輝いたフェリスのどどめ色の暴君シチューを食べたい。


「もっとちょうだい。というか、お椀とスプーン渡して。自分で食べる」

「はあ?」


 目を白黒とさせるフェリスから食器を受け取ると、私は一心不乱に手と口を動かし続けた。

 一口ごとに、身体中の毒素が浄化されていく感覚があった。心地よい辛みを帯びた肉汁が五臓六腑に染み渡り、痛み切ったあちこちの臓器を癒していく。喉の痛みが消え、胃のむかつきが収まり、両わき腹をさいなんでいるシクシクとした不快感が減り、逆に力がみなぎっていく。

 肉と共に煮込まれた野菜の爽やかな後味を舌に感じる。味覚が本来の機能を取り戻し、繊細な味わいを拾っていた。

 瞳の奥、網膜を覆っていた気持ち悪い靄が消えた。

 身体が軽くなる。頭も冴えていく。といっても、変なクスリや興奮剤を使ったような不自然な高揚感ではない。まったりとお風呂に入り、お気に入りのアロマを焚いてぐっすりと眠った翌日の朝のような爽快感。


 あっという間に食べきっていた。


「お代わりちょうだい!」


 反射的に言っていた。

 同時に思い知り、納得した。エドワードが『あれは神の味だ』と言った理由はこれなのかと。

 そのくらい、美味しかった。



 ***



 シチューを二回お代わりし、大復活した私。(ちなみに三回目も欲しかったが病み上がりで食べ過ぎはよくないからと断固拒否された)

 ひと眠りしてから身支度を済ませると、関係者を呼んで毒殺未遂事件について改めて情報交換をすることになった。


 フェリス。エカテリーナ陛下。エドワード。アルバート。私。

 合計五人が、部屋の中に集まっている。


「これまでの情報から、三つの事が言えます」


 私が眠っているうちに、毒に詳しいエドとアルがひとしきりの検証を行ったらしい。今、口を開いているのはアルだ。敬語なのは女王陛下がいるからだろう。


「一つ。ロゼッタ姫を蝕む魔法毒は消えました。

 二つ。フェリス殿の料理には、非常に強力な解毒作用があります。

 三つ。毒に掛かっている最中の人間には、フェリス殿の料理は至高の味として認識されます」

「でしょうね」


 うなずく私。

 冗談のような話だが、自分の身体に起こった出来事なので疑う余地はない。今の今まで死ぬことを覚悟し、十年近くも隠していた秘密を暴露したほどなのだ。しかしどうだ。一命を取り留めるどころか、絶好調になっている。


 土気色を通り越して蒼白になった顔には血色が蘇り、痛み切った身体はどこもかしこも健康そのものだ。


 しかし、となると疑問が一つ出てくる。


「からーい状態のフェリスの料理を、エドが毎回美味しいと言っていたのはどうして?」

「そのことですが、実は私は毎朝の日課で少量の毒を身体に取り込んでいるのです」

「何故そんな危険な事を!?」


 私の疑問にエドが答えると、フェリスが血相を変えて口をはさんだ。当然だろう。恋人が『日課で毎朝毒を摂取しています』なんて言ったら普通はびっくりするし、正気を疑う。


「毒への耐性をつける為です。私は、アルバート様の影武者ですので」

「えっ!?」

「あら」

「ここで言ったか」

「…………」


 驚くフェリス。ちょっぴりだけ意外そうにする女王陛下。いよいよ言ったかと感想を口にする私。そして無言のままのアル。

 フェリスがみんなの顔をかわるがわる眺めて、気づいたらしい。


「皆さま、ご存じだったのですか!?」


 部屋に、彼女の声が響き渡った。



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