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第13話:毒に伏せる王女

 


 ◇◇再びフェリス視点◇◇



「フェリス、すまないがそのスープをくれ」

「え、あ、はいっ」


 鬼気迫ったエドの顔。言う通りに渡すと、彼は器に直接口をつけて一気にあおりました。止める間もありませんでした。


「あ、あのっ、エド、飲んだらまずいのではっ!?」

「大丈夫だ。殿下に毒は効かない」


 アルバート様がそうおっしゃられます。

 効かないのならいいという問題ではありません。何故、わざわざ飲まれる必要があるのか。それにロゼッタ様を一刻も早くお医者様に見せなければと焦るわたくしを前に、エドが口を開きました。


「ポイズンスライムから抽出した緩効性の毒の味がかすかにします。胃を空にさせてからエール酒を飲ませて洗浄してください。摂取したのが味見程度の少量なら、助けられる可能性は十分ある」

「聞いたか! 誰でもいい、厨房からエールを持ってこい!」


 叫びながらアルバート様がロゼッタ様の口に指を入れ、もう片方の手でお腹を圧迫されました。


「ぐ、げ……っ」


 美貌をしかめ、ロゼッタ様が床へ胃の中のものを吐き出します。

 吐いた一部がアルバート様の服にかかりましたが、彼は全く動じるどころか、優しくロゼッタ様の背中をさすっていました。


「気にするな。食ったものを全部出せ」

「げほっ、げほっ……ごめん、げほっ……」


 アルバート様は嫌悪の欠片も表情に浮かべることなく、謝るロゼッタの背中をさすって励ましの言葉をかけ続けました。いくら相手が美貌の姫とはいっても、なかなか出来ることではありません。


「女王陛下。急ぎ兵に連絡してこれから申し上げる薬草の手配をお願いします。薬を作る道具も。適切に処置をしなければ助かるものも助からない」

「分かったわ」

「フェリスはそのまま動かないで。貴女にはロゼッタ様と女王暗殺の嫌疑がかかってしまっている。余計なことをすれば疑惑が深まる」

「……っ! わ、わかりました」


 愚かなことに、言われてからようやく状況に気付きました。


「フェリスは、絶対にやらないわ……けほっ……」

「分かっています」

「当たり前だ。ここにいる全員がそれを知っている」


 エドとアルバート様がそろってロゼッタ様に応えられました。


「エールを持ってきました」


 厨房から瓶とコップを持ったシェフが走ってきました。



 ***



 これは後で知った事ですが、ロゼッタ様が飲まれた毒はかなり致死率が高く、おまけに仮に生き残れたとしても感覚神経のあちこちが寸断されて、後遺症に悩まされる厄介な代物でした。



 厨房に出入りできたお店の方々は全員が容疑者として拘束されることになりました。もちろんわたくしもまた例外ではありませんが、何故か待遇は特別扱い。お部屋から出ることを禁じられたくらいで、手荒なことはされていません。


 ロゼッタ様はこの時、高熱を発して臥せっておりました。毒を吐かせ、エールを飲ませてからほどなくして、気絶するように眠られてしまったとのこと。……これも、後から教えてもらった話です。


 毒に詳しいからという理由で、エドがわたくしの尋問役に任命されました。任命されたのは女王陛下です。

 実に不思議な話でした。わたくしとエドは恋人同士。手心を加えたりかばいだてすることは容易に予想がつく話ですのに。


「わたくしが食べた時は何ともなかったのです。本当です」


 ロゼッタ様が味見を申し出ていなければ、女王陛下とアルバート様も危なかった。エドは毒が効かないとのことだが、それも結果論。わたくしのせいで、危うく恩人と恋人とをいっぺんに失うところでした。


 王族の暗殺未遂ともなれば、死刑が基本のはず。尋問だって相当に痛い目を合わされたり、口が軽くなる特別なお薬を使われたりすると物の本に書かれていたのですが……。


「ロゼッタ様は、今夜を乗り切れば助かると思います」


 その言い回しに、わたくしの胸に重いものがずんと乗ってきました。


「万が一があるということですか?」

「おそらく助かります。意識が戻る兆候があった。自発呼吸もできている。ただし私の処方した薬は毒の症状を緩和させるのがせいぜいで、あとは彼女の体力次第になります」

「ああ……ロゼッタ様……」


 両手を組んで、わたくしは祈っていました。

 敬愛する年上のお姉様。ああいう風に生きられたらと羨ましくて、憧れて、惹かれた。

 王女という高い身分にありながら、身分の上下に頓着せずに人と接し、悪いと思えば頭を下げ、悪くないと思えば相手が誰であろうがふんぞり返る。


 お友達と言ってくれた。

 恋の相談に乗ってくれた。意気地のない自分の後押しをしてくれた。

 恋の成就を我が事のように喜んでくれた。

 恩人なのだ。エドワードとは違う意味で大切な人なのだ。実の姉のように思っているなんて言ったら不敬だけれども、それほどに慕っていた。


「気を確かに。今、アルバートが犯人を追跡するための術を組んでいます」

「誰でも構いません。ロゼッタ様が無事なら、それで」


 コン、コン、コン、と、ノックの音がしました。


「近衛兵のゲオルグです。至急の伝令があります」

「どうぞ」

「ロゼッタ様が意識を取り戻されました。フェリス様と二人きりで話をしたいとおっしゃっています。すぐに来てください」

「よかった……」


 安堵したのもつかの間。疑問が浮かびました。


「わたくしの毒殺の嫌疑はまだ晴れていないはずです。二人きりにさせてくれるのでしょうか?」

「女王陛下の命です」


 ますます不思議な。

 そう思いましたが、ロゼッタ様が心配なので疑問は脇に置くことにしました。






「ロゼッタ様。フェリス様をお連れしました」

「……どうぞ」


 ロゼッタ様の返答は弱々しく、ベッドに寝そべる姿はけだるげで、顔色は灰色をして辛そうでした。


「人払い、は……?」

「済ませてます」

「そう。ごめんね、ちょっと視力が落ちてるみたいで……けほっ、げほっ……」

「ロゼッタ様!?」


 ベッドから半身を起こそうとするロゼッタ様に駆け寄り、慌ててわたくしは止めました。


「無理はしないでくださいまし!」

「そうね。悪いけど、寝たまま話すわ」

「明日でも明後日でもいいじゃないですか。わたくし、体調が戻ったらいつでもお聞きしますわ!」

「だめよ。明日になったら喋れないかもしれないから。わたしの口から言っておきたいの。……けほっ……。いい、フェリス。これから話すことを女王陛下に許可を取ったわ。だから、全部本当のことなの。そのつもりで聞いて」

「は、はい」


 一体、何を話すと言うのか。

 女王陛下に許可を取ったとはどういうことなのか。

 胸騒ぎがするわたくしを前に、ロゼッタ様はか細い声でおっしゃられました。


「貴女の本名は、フェリス・アル・シエラ・ブリシュタット。女王陛下の実子にして、王女様」

「え……」


 驚き、目を見開くわたくしに向け、ロゼッタ様は続けられました。


「私は王家の傍流。身代わりなのよ。貴女が暗殺されないためのね……けほっ」



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