第二章:告白
-1-
「え?進路?」
小さなダンボールの小箱を両手に抱えながら羽鳥先輩のお手伝い中。
廊下を歩きながらそれとなく聞いてみた。
「進学するつもりだよ」
「あ…ちなみに大学はどこへ?」
「さぁ」
「え?」
さぁって言った?!
んもう!!
本当にこの人って…
いつもそう!
なんかドライなの!!
でもそんなところが…好き…。
「阿部さんは?」
「え?」
「進路の事で悩んでるの?」
私が進路の話をしたから逆に私が進路の事で悩んでるって
羽鳥先輩は勘違いしたらしい。
「あ…いえ…私はまだ…」
そういえば…考えてみたら
自分の進路…
もう2年生なんだしいい加減に的は絞っておいた方がいい。
けれど、
羽鳥先輩の事ばかりが頭の中にあって正直そんなのどうでも良いと
思えるくらいどうでも良かった。
カチャリ…。
羽鳥先輩が音楽室のドアの鍵を開けた。
片手には私が持っているのと同じ大きさのダンボール。
結構重いのに
片手で持てちゃうなんて…そういう所に男性を感じてしまう私…。
ああ!もう!!私の馬鹿馬鹿!!
何考えてるのよ!!
ドアを開けて室内に入ると音楽室独特の匂いに包まれた。
「ここに置いてくれる?」
そう言って教卓の上にドス、と音を立てて自分が持っていたダンボールを置いて見せた。
羽鳥先輩が置いたダンボールの隣に自分のダンボールを置くとそっと寄せて
ダンボール同士をくっつけて見せてはちょっと照れている自分。
んもう!本当に私ったら!!
すると今度は音楽準備室の鍵を開けて中に入る羽鳥先輩。
バイオリンを取りに行ったのだろう。
ちなみにここが弦楽部の部室でもある。
自分も後に続いて中に入った。
と…
「わ!!」
突然羽鳥先輩は部屋から出てきたので思わずその胸の中に飛び込んでしまった。
「あ、ごめん!!」
羽鳥先輩は何事もなかったかのように私の体をそっと離した。
ああ…びっくりした!!
だって羽鳥先輩部屋から出てくるのが早いんだもん!!
でも…
羽鳥先輩の胸の中に一瞬でも飛び込めちゃった!!
すっごくすっごく幸せ!!
羽鳥先輩はそのままバイオリンケースを抱えて
机の上にそれを置いて見せると
今度は机を後ろに寄せて椅子だけを取り出し部活の準備をし始めたので
自分も慌てて
先輩の手伝いをする。
そういえば今日は中等部の生徒がいない。
珍しく私と羽鳥先輩の二人きり…
二人きりの音楽室。
早く準備しちゃって
また昔みたいに手取り足取り二人きりで練習できるのではないかと
考えた。
よし!
早く準備しよう!
一刻も早く!!
私が素早い動きで机を下げ椅子をならべ始めたのを見て
羽鳥先輩は「やる気満々だね」と言って笑って見せた。
そりゃあもう!!“やる気”満々ですよ!!
一通り机を後ろに下げ椅子をならべ終わるも誰も来ない。
「今日は皆遅いですね…どうしたんだろう?」
「まぁ、いいんじゃない?練習しようか?
昨日までのところ一緒にあわせてみる?」
「あ…はいっ!!是非是非!!」
すっごく嬉しくなっちゃって思わずぴょこんって軽くジャンプしちゃった!!
チューナーを取り出すとチューニング作業に取り掛かる羽鳥先輩。
ああ…私の心も調弦されていくよう…。
思わずチューニングする羽鳥先輩をじっと見つめてしまっていたことに
気が付く。
「おはようございます」
そう言って入ってきたのは
鶴村先輩。
ああ、もう!!
折角二人きりで合奏できるチャンスだったのに!!
邪魔者が入ってきた!!
私のその態度を察したように鶴村先輩も私を軽く睨んだ。
「おはようございまーす」
鶴村先輩の後から続々と部員たちがやってきて、
もう二人きりの世界って感じじゃなくなってしまった。
結局二人きりであわせるって話はなくなってしまって
私は女子とパートの練習を、
羽鳥先輩は3年生男子たちでそれぞれ練習に入ってしまった。
残念…。
「どうしたの?浮かない顔して」
みさとだ。
「うん…ちょっとね」
「ねぇ…そんなに羽鳥先輩が気になるなら
それとなく他に好きな人がいないかどうか聞いてみたら?」
「え?」
「だって、私初等部からいるけど羽鳥先輩が誰かと付き合ったとか、
誰が好きだとかっていうそういう類の話一切入ってこないわよ?
逆はあるけどね。」
「逆って?」
「羽鳥先輩の事が好きだって話よ」
「ああ…」
「ね!今日の放課後早速聞いてみましょうよ?
何なら私が聞いてこようか?」
女子生徒だ。
「う…ううん…。どうしよう…」
ちょっと悩む。
恋愛の匂いがしない羽鳥先輩。
そのドライさがまたいいような気がしていることも事実だし…。
それにもし誰か好きな人がいるって知ったらそれはそれでショックだし…。
「聞くついでにさり気に自分が好きなことアピっちゃえば?」
「で…でも…なんだか凄く勇気がいるよぉ…ああ…何だかドキドキしてきた!!」
「いや~ん、そんな阿部ちゃんがかわいい!!」
「うんうん!かわいい!!
阿部ちゃんファイト!!」
「う…うん…」
-2-
放課後、
生徒たちが帰り羽鳥先輩一人が音楽室で日誌を書いている。
その姿を女子たちと私とで確認した。
「よし!今よ!!」
小声で女子が私の背中を軽く押した。
私が音楽室内にぽん!と押し出された感じで入ってくるとその気配に気が付いて
羽鳥先輩がこちらを振り向いた。
「どうしたの?」
「あ…あの!!…」
ああ…もう後戻りできない!!
そっと振り返ると女子たちは頑張れ!と手を振って帰っていってしまった。
ひぃ!!!
本当に二人っきりにするなんて酷いじゃない!
どうしよう!!
「阿部さん?」
私が挙動不審になっておどおどしているのをみて
羽鳥先輩が再び声をかけてきた。
ええい!!もう!!
「あ…あのっ!!
羽鳥先輩!!」
「気持ち悪い…」
「え?」
突然背後から声。
音楽準備室から鶴村先輩がバイオリンケースを引っ掛けて出てきたのだ。
まだ帰ってない人がいたんだ。
それもよりによって鶴村先輩!!
「羽鳥ぃ~。気をつけた方がいいぜ?こいつお前のこと狙ってるみたいだから。」
「え?」
羽鳥先輩が鶴村先輩の言葉を聞き返す。
なんだか悔しい。
悔しくて涙が出てきた。
やだ…やめて!!
なんで泣くの?!
私!!やめて!!泣かないで!!
涙よとまれ!!
「うえぇ…何こいつ、泣いてんの?」
鶴村先輩はまるでばい菌でも見るかのように目を細めて見せた。
「…って…」
もう…
「だって…」
もう…とまらない…
「だって!!」
もう!とまらないよぉ!!
「だって、私羽鳥先輩の事が好きなんです!!」
気が付くと私はそう叫んでいた。
たしかに。
間違いない。
そう、叫んだ。
次から次へとぽろぽろと涙がこぼれてはあふれ出す。
「うわぁ~、ついに告っちゃったよ。どうする、羽鳥ぃ?」
「別に?」
羽鳥先輩は涙でぐちょぐちょに濡れた醜い私の事も
鶴村先輩の事も見ようとはせず
ただ黙ってノートを書き続けている。
「人が人を好きになる事をはなんらおかしいことじゃない。
僕はそこは否定しないよ。」
「え…ちょ…待てよ。羽鳥…じゃあ…お前、阿部の事…」
「嫌いじゃない。
ただ恋愛対象としてはみれないけどね。
でもいいんじゃないの?
人が人を好きになって何がおかしい?」
そういいながら羽鳥先輩はやっとのことで顔を挙げ私と鶴村先輩を
交互に見た。
「いや…まぁ…羽鳥が言ってる事は勿論正論だけどさぁ…
でも…」
「鶴村君、悪いけど席をはずしてくれない?阿部さんとゆっくり話したいから」
そういいながら羽鳥先輩はパタンと音を立ててノートを閉じると
軽く鶴村先輩を見た。
「……分った…」
そういうと鶴村先輩はもう一度私をばい菌扱いするような眼で見てから
静かに音楽室を出て行った。
「はい。」
「え?」
アイロンがかかった綺麗なハンカチを差し出される。
「涙拭いて?」
「あ…で…でも…!!先輩のハンカチが汚れちゃいますから!!
私自分のハンカチ持ってます!!」
そう言ってズボンのポケットに手を突っ込もうとした時、
ふわりと、
あたたかくて柔らかい布が私の涙をそっと拭って見せた。
思わず呼吸が止まる。
すぐ近くに、
目の前に、
今、私の目の前に
凄く近距離に、
羽鳥先輩がいて、
私の涙を拭ってくれているのだ。
そりゃあ呼吸するのも忘れるわ…!!
「阿部さん、」
「は…はい!!」
思わず声が上擦る。
「貴方が、体は男性だけど心が女性なのは知っています。
僕はそれを理解したい。
それだけじゃだめだろうか?」
「知ってたんですね…」
「君が金倉学院の生徒と会っていたあの日の詳細を後で耳にしてね…。
塾が同じだったんだって?」
そう…
羽鳥先輩が言っているのは5年前のあの出来事。
同じ塾で知り合った男子に私は恋に落ち
そしてあの雨の日、あの場所に彼を呼び出して告白したのだ。
その後のことは正直今は思い出したくもない。
でも…その直後に白馬の王子様の如く現れたのが羽鳥先輩だったのだ。
「私、姉が二人いるんです。
だからかなぁ…お人形さんゴッコしたり姉の服で着せ替えファッションショーとか
やったりしてたからこんな性格になっちゃって…
ダメですね…気が付いたら私…
自分がどうして男として生まれたのかって凄く苦痛に思うようになってたんです。
私も他の女の子たちみたいに、女として生きたかった…。
でも…
私は…男…。」
「阿部さん、
阿部さんは阿部さんらしく生きれば良いんじゃない?
僕にはあまり強く言えないけれど、でも
それって性同一性障害っていう奴じゃないの?」
「え?」
「もしそうなら阿部さんは男性ではなく女性として扱うべきだよね。
だから僕は他の男子には“君”付けで呼んでいたけど
君だけは“さん”付けで呼んでたんだよ。」
再び涙が溢れ出た。
全部、
全部知ってたんだ
羽鳥先輩は…。
全部。
優しい…。
なんでこんなに優しいんだろう…。
私失恋したのね。
なのに、なんだろう…
なんだか凄く
凄く嬉しいの…。
なんでかなぁ?
手を、
右手をそっと首の後ろに回すと
一本に縛っていた結いゴムを解いて見せた。
私は
私は、
私は、
女性であるべきなのよ!!
その意思表示のように、ね。