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第一章:恋心

-1-




バシッ!!




勢いよく顔面を殴られ


阿部時男あべときおは後ろのビルの壁に思い切り弾き飛ばされる。






勢いを増して降る雨は灰色の町を一層深く闇に落としいていた。




人が一人通れるかどうか位の狭いビルの路地裏。




その袋小路にぐったりと倒れこむ。




そして捨て台詞とともに彼は背を向けて去っていった。




「気持ちわりぃんだよ!!」




傘も差さずに足早に去っていく彼。




そして自分の傘はさっき一緒に飛ばされたから、雨が直に降ってきてずぶぬれだ。




深くため息をついたが雨の音がそれをもかき消してゆく。




雨に消された町の中に自分の存在も一緒に消されていくようなそんな気がしていた。




俯きそばに落ちていた鞄をなんとなく見つめていた。




鞄には愛らしいピンクの熊のキーホルダー。




先日喫茶店で偶然見つけ一目ぼれして買ったものだった。




そして鞄には学校のマークが入っている。


六芒星の星型のエンブレムの周りをドウダンツツジの花が取り囲み、学園の名前の頭文字である「D」の文字が刻まれていた。




満点星学園…。




小さく呟いた。




5月の雨は容赦ない。




叩きつける雨がエンブレムをぼかしてゆく。




と、パシャパシャと音が近づいてくるような気がしたが、


顔を上げる気力もなくただただ視点は校章に定まったままでいると


突然ふわりと雨がやんだ。




驚いて顔をやっとの事で上げると、


目の前には真っ白な制服。




グリーンのネクタイ。




自分と同じ学校の生徒である事に気が付く。




更に顔を上げたところで体は一気に氷ついた。




何故って、グリーンの瞳がそこにはあったからだ。




グリーンの瞳に白い肌、そして金色の髪…。




日本人じゃない?!




そう認識するのにそうとう時間が掛かったと思う。




とにもかくにもその彼の容姿に驚いている私にそっと優しい言葉がかけられる。


自分が持っていた傘の半分をこちらに傾けながら彼は言った。




「君…大丈夫?」




それが羽鳥翼と私との出会いだった。


-2-




「翼先輩!めがねかけたんですか?!すっごくお似合いですよ!!」




あれから5年の月日が流れていた。




失恋したあの雨の日に出会った天使、羽鳥翼に、私はすっかり一目ぼれしてしまったのだ。


先輩は私より1つ上の学年。


弦楽部である事を突き止め自分も早速親に懇願してバイオリンを買ってもらうと


弦楽部へと入部したのだった。




外部で個人レッスンを受ける事はせずあえて羽鳥先輩に手取り足取り教えてもらった。


先輩の教え方が上手くてすぐに私は上達しある程度弾けるまでの技術を身につける事に成功する。




「譜読みすると音譜がぼやけるんだよね…。


少し我慢してたんだけどやっぱりめがねは楽だね。」




そういいながら羽鳥翼は真新しいめがねのブリッジをあげて見せた。


めがねの上部はいぶし銀の細いフレームで、


下はフレームがないタイプ。


母親が掛けているのと同じワイヤーでレンズを固定しているタイプだろう。




格好いい!!




もう素敵すぎて素敵すぎてたまらない。




めがねをかけた事によって余計に理性的に見えて仕方がないのだ。




私、めがねフェチだったのかしら?とそこで気が付く。




いや違うわ。


他のめがね男子を見てもそう特別ときめいたりはしなかったもの。




やっぱり羽鳥先輩だからなのよ!




羽鳥先輩ならメガネだろうがなんだろうが何でも似合っちゃうのよ。




素敵すぎる!!




私だってめがねをかけてはいるけど黒渕めがね。


なんか暗くてさえない。


そんな私…。




「阿部ちゃん!」




そこで肩をぽんと叩かれる。




クラスメイトの川口みさとだ。




「先輩に見とれるのはそのぐらいにして音階練習やっちゃいましょ?」




「え?ちょ…やだぁ!!そんなはっきり言わないでよ!!照れるじゃない!!」




そういいながら軽くみさとの肩をぽんと叩く。




「いった~!!阿部ちゃんの怪力!!」




みさとが軽く睨んだ。




「あら、ごめんなさい。わざとじゃないんだけどついね。


さ、セヴシック?カイザー?なんでもいいわよ!どんどんやっちゃいましょ!!」




「阿部ちゃん今日も元気ね」




周りの女子たちもころころと笑って見せた。


-3-




部活の休憩時間、


新しく金倉に出来たカフェで話題は持ちきりだった。




「あそこすっごくかわいいのの!!かわいい雑貨なんかも置いてあるし


スイーツもすっごく見た目もかわいいし味も美味しいし、お値段もお手ごろだし、


もう!言う事なし!!」




「目立たない場所にあるし今のところ雑誌とかにも紹介されてないから


穴場よ!!」




「あら、じゃあ今度皆で行かない?!」




「いくいくぅ~♪」


率先して手を上げる。




「そういえばほら、みて!!キーホルダー変えてみたの!」




そういいながらバイオリンケースを持ってくるとみなに見せた。




かわいいピンクのうさぎちゃんが付いている。




「きゃ~!!阿部ちゃんのうさちゃんかわいい!!どうしたのそれ?」




「これね、雑誌の付録なの!ほら、“パステルアスター”ってファッション雑誌あるでしょ?


あれについてたの!もう一目ぼれ!!


即効で買っちゃった!


あ、でも雑誌の内容もいいのよ。


かわいいお洋服いっぱいで見ててすっごく楽しいの!!」




「ああ…だったら阿部ちゃんも着てみたら?」




女子生徒の一人だ。




「…え?…」




思わず戸惑う。




だって…。




だって私は…




「そうよ、阿部ちゃんなら髪長いししばってるの下ろしてみたら


凄く似合うと思うわよ。ねぇ?」


そういいながらみさとが回りに同意を求める。




「うんうん!!そうよ!


阿部ちゃん、髪下ろさないの?前から思ってたんだけど


髪すっごくつやつやよね。


シャンプー何使ってるの?」




「え?あ…そう…かな…?シャンプーはね「サザンカ」よ」




「え?!あの高級シャンプー?!さすが!!私も使ってみようかな!!


ね、ちょっと触らせて?」




女子たちが私の髪を触る。




「うわぁ…見た目以上にさらさら。


ちょっと下ろすわよ?」




そう言って私のゴムを解くと


手ぐしで髪をなで始めた。






「すご…さらっさら!!」


「ストレートパーマでもかけてるの?」




「ううん。特に何も。ただ眠る前に念入りに髪をとかしてるだけ。」


「へぇ~!そうなんだ!!それだけでこんなに?!


きっともともとがいいのね。ほら!天使の輪っかできてるもの!!」




女子たちに髪をいじられるのが私はそんなに嫌ではなかった。


むしろ楽しい。




「おーい、そこの女子たち、そろそろ続きやるから席戻って?」




男子生徒に声をかけられた。


鶴村真つるむらまことだ。


羽鳥先輩と同じ3年生。




私、こいつがちょっと苦手。




「ちょっと手洗ってくるわね。」




そう言って席を立ち廊下に出るとき鶴村とすれ違ったその時


ボソリと耳元で声がした。




「気もちわりぃ奴。」






ぐっと喉が痛くなる。




でも気にしない、気にしない!




私にはお友達がたくさんいるんだし!!






「阿部ちゃん!まって~私も!」




「私も!!」




女子たちがぞろぞろと付いてきた。




不思議ね。




女子ってトイレはみんなで行くものなの。




一人なんてありえない。




だっていつも一緒にいたいじゃない。






「でね、さっきのお店のオーナーとちょっとだけ仲良くなったんだけど


新装開店したばかりでまだ知名度もないからお友達連れてきたら


割引してくれるっていうの!!


ね!!いいでしょ?みんなでいきましょうよ!!」




「それ賛成!!」




「わぁ…楽しみだな…最近かわいいお店とかあまり言ってないから


そこでパワー充電したいわね!!」




「うんうん!!かわいいお店って本当癒されるよね!!」




洗面所で手を洗いながらみんなでキャイキャイはシャイで見せた。




で、女子トイレから出たところで




近くにいた男子生徒がぎょっとした顔を作って見せた。




あ!!


またやっちゃった!!




みさともそれに気付いて


「またやっちゃたね?ま、いいよね?」


ってフォローしてくれた。




どうも皆でいるとついつい女子トイレに普通に入ってしまう


悪い癖がある私。




まだ学校だからいいけど公衆の場でやったら絶対つかまっちゃう!!




みさとにもそれは気をつけろっていつも言われてるの。


-4-




「なぁ…羽鳥…」




「ん?」




「あいつさぁ…気持ち悪くない?」




「え?誰?」




「阿部だよ。阿部時男。




男の癖に女とばかり一緒にいるし、


たまに女子トイレ使うっていうし…絶対あっち系だよな。」




「あまり興味ない。」


即答すると羽鳥翼は楽譜のボーイングを確認しながら


右手を上げ下げしてみせた。




「結構有名な話だぜ?それに随分昔の話になるけど


奴が中一の時金倉学院の男子に告って振られたって」




「鶴村君」




「え?」




「ここのボーイングってアップでよかったんだよね?」




「え?…ああ…ちょ…


あ…うん。そうそう。」




そういいながらも鶴村は面白くなさそうな表情を作って見せた。




「それと阿部君で思い出したんだけど


今度の演奏会のソロ、阿部君がいいんじゃないかな?」




「え…ちょ…なんで?!


だって、奴中学になってからバイオリン始めたド素人じゃないか!!


なんであんな奴にソロ任せるんだよ!!だったら俺が…」




「3年のソロは勿論君でもいいよ。別の曲ね。


阿部君なかなかいい音出すなぁ…って最近思っててね。


それに周りの女子たちもいつも彼に合わせてやってるから


阿部君中心の曲って面白いと思うし彼になら周りも合わせやすいかなって思ったんだ。」




「それは…先生が決めることじゃないの?」




「いや、先生が僕に任せてくれるっていうから。


この部活も部員が少ないからね。


少しでも音が出せる人がやらないと全体としても響かないし。


どうかな?」




「…いや…部長のお前がそういうんじゃ…そうするしか…


でも…」




「何か不満?」




「いや…そうじゃないけど…」




俺は阿部が嫌いだった。




なんか女みてーになよなよしていつも女子たちとつるんでるし、


絶対あっち系だって確信している。




気持ち悪い。




男の癖して髪は長いし。




気持ち悪い。




気持ち悪かった。




そう、


阿部の存在が気持ち悪くて仕方がなかった。




そう思っているのは俺だけではない。




男子や一部の女子たちだって阿部に違和感を覚えずにはいられなかった。




だからそんな阿部がソロをやるなんて、


羽鳥がいうようなまとまりなんて正直できるかどうか…


それも不安だったが、


結局それは言い出せずに終わってしまった。


-5-




「ねぇ?阿部ちゃん、羽鳥先輩の事が好きなんでしょ?」




その一言に驚いて思わず口から心臓が飛び出しそうになった。




「ちょ…なんで急にそんな…!!」




「だって見てれば分るわよ!!ねぇ?」




「うんうん。まずさぁ、羽鳥先輩と席くっつけすぎ!!」




演奏のためにならべられた椅子。




コンサートマスターである羽鳥先輩の隣になれたのが


嬉しすぎてついつい椅子をそちら側に寄らせてしまっている自分がいたのだ。




「それじゃあ先輩が演奏するたびに先輩の弓が刺さるわよ?」




みさとがくすくす笑いながら言った。




「だってぇ~」




だって好きなんだもん。




って言いそうになりかけて慌てて口をつぐむ。




それに羽鳥先輩は私の恩人。




5年前のあの時、優しく声をかけてくれたあの日から


私は羽鳥先輩に…翼先輩に…


恋をした。




つ、ば、さ…先輩…




きゃー!!


名前で呼んじゃうなんてなんか大胆で恥ずかしい!!




でもたまに心の中で羽鳥先輩の事翼先輩って呼んじゃってる私がいる。




だからふとした拍子にそれを口に出さないかが心配な今日この頃。




「んもうさぁ…まどろっこしいからいい加減告っちゃえば?」




女子生徒の一人だ。




「え?ちょ…なにが…?!何の話?!」


驚いてあたふたしてみせる。




「そうねぇ…阿部ちゃんの気持ちはよぉ~く分る。


あとは阿部ちゃんに必要なのは一つの勇気だけよね。」


「そうそう!一つの勇気。それは、愛の告白ぅ~」




女子たちが楽しげに話しに花を咲かせ始める。




「ちょっと待ってよぉ!!


私には無理!!


無理なんだってば!!」




「でもさぁ…入部した時からずっと先輩の事好きだったんでしょ?




先輩も来年には高等部卒業しちゃうんだし、阿部ちゃん離れ離れよ?


片思いのまま終わらせるの?」




「え…いや…でも…私」




「阿部ちゃんが男だっていうのは関係ないよ。


大切なのはどれだけ純粋に先輩の事が好きかって事よ!!」




「うんうん」




「羽鳥先輩なら阿部ちゃんが男だからって理由で告白拒否したりしないと思うな。


一人の人間としてみてくれそうな気がするわよ。」


「私もそう思う!!


それに羽鳥先輩だって阿部ちゃんのこと好きなのかもしれないわよ?!」




「まっさかぁ~!!」


思わず反論してみせる。




「だって今度のソロに阿部ちゃんを推したの羽鳥先輩でしょ?


それだけ阿部ちゃんのこと見てるって証拠じゃない!!ねぇ?」




「そうよ、それいえてる!!


だからあとは阿部ちゃんの勇気一つなんだってば…!!」




「そ…そうかなぁ…」




「そうとなったら善は急げよ!!


今日の放課後!羽鳥先輩に告白しちゃいなさいよ!!」




「あ、それいいかも!!」




「いやいや!!ちょっと!!みんなちょっと待って!!


もし告白されて断られたら?


私この部活に凄くいづらくなっちゃう!!


最悪退部だってありえるのよ?


正直、


正直な話、


私は告白できなくてもいいの!


ただ、


こうして羽鳥先輩の近くにいられるだけで、私は幸せ…」




「阿部ちゃん…」




ずっと黙っていたみさとがそこでやっと一言私の名前を呼んだ。




「そうだよね、阿部ちゃんがそう思うなら無理に告白する必要なないって


私も思うよ。


もしするなら卒業式の日とか阿部ちゃんにも逃げ場がある日を選んであげないと、


お互い気まずい思いするし…ねぇ?」




「みさと…」




嬉しい。みさとはちゃんと私の事分ってくれてるんだ!!




「そういえば羽鳥先輩って大学何処進学するんだろう?」


「え?さぁ…うちじゃないの?違うのかなぁ?


そういえば羽鳥先輩の進路…って…。


さすがにもうこの時期だし本人の中では決まってるんだろうけどね、


阿部ちゃんは?」




「え?私?


私は…」




羽鳥先輩のお嫁さん…なんて一瞬自分でも馬鹿だなぁ…なんて


事考えちゃった。




でも当然だけど、それは口にしなかった。

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