一夜明けて
スマホの通知の音で目が覚めた。
夢が夢だったことを理解して深く息を吐く。そうだ、戻ってきたんだった。
のろのろと目を開き画面を見ると、<小野裕也>から7件も通知が来ている。
「んん…?なに…?」
寝ぼけたままロックを解除し内容を確認する。
『おはよ』
『今日どうする?』
『俺昼までだし迎えに行こうか?』
『授業何限まで?』
『おーい』
『寝てる?』
『おきてー』
朝から元気だな…ってもう14時か、14時!?え、火曜日の14時!?
「最悪…」
飛び起きかけ、いやいまさら起きてもしかたないともう一度横になり、裕也に返信を打つ。
『ごめん今起きた…』
一瞬で既読がつく。返信を待っていたらしい。
『おはよ』
『みゆきが絶起なんて珍しい!』
ぽんぽん帰ってくるメッセージを眺めながら今日何か約束してたっけ?と考えるが、なにも思い出せない。
『家までいこうか?』
『なんなら今日みゆきの家でもいいかも笑』
寝返りを打って自分の部屋を見た。散らかっているとまでは思わないが、人が来るならもう少し片づけておくべきだろうという感じだ。
今から片付けて、一応化粧もして、裕也を迎え入れて、あれこれするのか…
「そういう気分じゃないな…」
ため息交じりにこぼれた言葉に苦笑した。数か月ぶりの(私にとってはだが)彼氏に会うことをめんどくさいと思うなんて、私はこんなに薄情だったのか。
いや、ゆうべ異世界から帰ってきたばかりなんだからしばらくひとりになりたいと思うほうが自然なんじゃないか?などと考えたが、なんせ異世界から戻ってきた人に会ったことがないので普通どういうものなのかわからない。
しばらく逡巡したあと、『ごめん、ちょっと体調悪いかも…今日キャンセルでもいいかな?待っててくれたのに本当に申し訳ない!』と入力して送信し、一生懸命謝っているうさぎのスタンプを押した。それから一度たったいま送信した文章を読み直すとスマホを置いて起き上がった。
とりあえず洗面所に立って鏡を見ると、涙の痕が頬にこびりついていた。
「レティ、…アシェル、」
二度と会えない人たちの名前が口をついた。呼びかけてももう永遠に届かない。
昨日まですぐ横にいたのに、変なの。
――深幸のこと忘れないから!
レティがそんなこと言うと思わなかったからびっくりしたし嬉しかったし、寂しかった。もう泣いてないかな、と考えて、あちらの世界の時間の流れ方はこちらと同じなのだろうかと思った。めまいがするほど、遠い。
――…まあ、気を付けて帰れよ。
同い年なのに妙にえらそうなアシェルの態度すら最後と思うと胸がつまった。アシェルのわりに神妙ねってレティに笑われて不機嫌な顔になっていた。
それを見て私も笑っていた。
新しい涙が頬を伝った。
少し熱めのお湯でシャワーを浴びた。狭いバスルームだけど自宅のシャワーやお気に入りのシャンプーははやっぱり心地よくて、帰ってこれてよかったあ、という気持ちが湧き上がってきた。
あちらの世界ではあまりお風呂に入れなかった。文化の違いとか以上に、ほとんど旅をしていて野宿も多かったので入れる時が限られていたのだ。
髪にドライヤーを当てながらスマホを見ると、裕也から何件か返信が来ていた。
『えー、大丈夫?』
『お大事にね!』
『うーん』
『でも会いたいなー笑』
『あ』
『看病しにいってあげようか?笑』
私はドライヤーの手を止めた。
『ありがとう笑 でも寝てたら治りそうだから大丈夫!また今度会お!』
送信した瞬間既読になった。心配してくれてるんだな、とちょっと罪悪感を抱く。
『俺が行きたいだけだからいいの!』
『みゆきは俺に会いたくない…?』
無意識にため息がこぼれた。これは断りにくい。
『なんのお構いもできないけど大丈夫?来てもつまんないと思うよ?』
『だいじょうぶ!』『みゆきの家居心地いい笑』『じゃあ今からむかうね!てか実はもう近くまで来てる笑』
マジか。
まだ生乾きだったけどドライヤーをあきらめてコンセントを抜き、軽く部屋を片付けた。さっきお風呂上りに着たよれよれの部屋着からまだましな部屋着に着替えて軽く化粧をしたところでインターフォンが鳴った。よかった、耐えた。
「おじゃましまーす」
約半年ぶりに見る彼氏は半年前と変わらずさわやか男子大学生といった雰囲気だった。シンプルな服装にきれいにセットした茶色の髪。もちろん半年ぶりなのは私だけで、こちらでは数日しかたってないんだけど。
「どうぞー、今日はごめんね、寝坊しちゃって」
「いいよいいよー」
裕也はニコニコしたまま手を伸ばし私の髪に触れた。
「ちょっと濡れてる、お風呂入ってた?」
「そうなの、昨日は入れなかったから…」
「ちゃんと乾かさないと風邪ひくよ」
あんたが来なきゃとっくに乾かし終わってたよ。
そう言いたくなった自分に戸惑う。ドライヤーより片付けとかを優先したのは私なんだけどな。