彼がした最後の約束通り、私はただ見守ることにした
その人間が言う世界の終焉から、何十年たっただろうか。
――人間の世界は、やがて世界から集落へともどるだろう
その言葉を聞いた人間は嘲笑して聞き流していた。
電気が失われたり、人間が人間以外に変化したり。色々あったけれど、人間社会に混ざっていた私自身も馬鹿な人間の妄言かと思っていた……。
でも、世界から電気という物が消え、生活のすべてを電気の力に頼っていた人間の暮らしは、あっという間に廃れていって、見る影も無くなってしまうと、彼の言葉がいかに正しかったのかが露わになってきた。
電気が無くなった当初は蒸気やらからくりやらに頼ろうとしていた時期もあったけれど、まるで人間の発展を阻止する誰かが居るかのように人間たちが邪魔をしあって、やがて誰も触れられる人間が居なくなってしまったらしい。
例えば、私の眼下に広がる『町』の様に。
その『町』の景色に目を向けて、入ってきた光景に嫌気がさしてきてため息をついた。
社会的だと豪語していた人間たちが見難く資源を争っている姿が散らばっていた。
視界の先。おおよそ人間が『町』と呼んでいる場所――魔族の私からすれば、その『町』は鉄くずや昔の世界の残骸でできたゴミの山にしか見えないのだけど――が広がっている。
魔族や寿命の長い亜人たちは知っているだろうが、その『町』は昔作られた人間の建物を使っていて、確か……、なにかの演劇の会場だっただろうか。とにかく、ある程度の広い空間を持った建物だったはずだ。
しかし、今そこに住んでいる人間は、昔そこで何が行われていたのかを知る由など無いようだった。
誰もかれもが自分の生きる糧のために誰かを殺して物資を奪って、奪われて……。理性的であるなら――仮にも社会的であるのなら絶対にしないであろう見難い生き物の姿が広がっていた。
昔の人間はたしか……ポストアポカリプス、と表現していた気がする。あれが現実のものになるなんて、誰が考えていただろうか。……いや、考えていなかったからそう言う言葉が生まれていたのかもしれない。
その『町』の中には、人間以外、人間が亜人と言って毛嫌いしていた人も混ざっていて、人間たちが見難く闘争するさなか、ひっそりと自分たちが生きる場所だけを確保しているのも見える。
それこそ路地裏や人の目の届かない天井は格好の隠れ場所のようにも見える。
でも、どんな場所に隠れていようと人間たちは運よく亜人たちを見つける。見つかった亜人たちはきっとどこかで食べ物にされているか、慰み者にでもされているのだろう。
亜人と呼ばれる彼らに変化させた張本人の弁によると、自らよりも他人の事を優先する性質が強いために、人間たちの争いに自ら加わることは無いだろうとのことだった。
それも人によるとの事だったけれど、実際その通りになっているようで、予言――この騒ぎを引き起こした張本人はさぞ満足だろう。
彼の望んだ光景がこれなのだから。
「ねえ、これがあんたの言ってた世界の救済なわけ?」
私はその人間――この事件を引き起こした張本人に問いかけた。
答えは……。帰ってこないのは知ってるけどね。
自分の馬鹿さにあきれて、帰ってくるわけがない相手に視線を向ける。
私の座っている石の上、赤土にまみれた石の上に無造作に放り投げられている白い塊――人間は頭蓋骨と呼んでいた気がする――が置かれていた。
彼との約束で魂の代わりに私が持ってきた体の一部だったのだが、無駄に顔の形を残してしまっているので、時たま語り掛けてくるような錯覚に襲われるのがネックだった。
なんとなくすわりが良いので指先を彼の頭にのせる。自分が想像していた物よりももっとざらざらとした感触が指先に伝わってきてあの時、――彼の髪に触れた時よりはずっとずっと寂しい感触になってしまっていた。
ついつい、彼と喋っていたときを思いだして、感傷的な気分になってしまう。
センチメンタル、という物だ。
「本当に。君は人間が好きじゃなかったんだね」
再び『町』に視線を落として、そう呟いた。
確かに今眼下に広がっている光景を見れば、彼の言いたかったことはとてもよく伝わってくる。馬鹿な人間は追い込んだのだから当たり前だと反論するかもしれないけれど、追い込まなくてもやる人間は存在するという根本を忘れているので、語るだけ無駄な話だ。
人間という生物は、自分の為に生きて、人のために生きれば馬鹿にする。そう言う種族なのだ。
彼は本当にそれが嫌だったのだろう。
ふと、こんなことを引き起こした彼を、人間は何というのだろうかという疑問が浮かび上がってきた。
反逆者? 魔王? それとも英雄か勇者だろうか。
ううん。人間も亜人も。ましてや幻想種さえもきっと彼を馬鹿なことをした人間の一人にしか数えないだろう。
なのに、彼は私を信用してこの結末を見届けてくれと、契約した。
ずっと、ずっとどうしてか考えていたけれど、もしかしたら、彼は私が彼の妹を助けたからこそ、私にこの光景を見せたかったのかもしれない。
他の人間がどう言葉にするかなんて私には解らないけれど、それでも彼が私が魔族だと知っていてもなお約束を交わした理由が今になってよくわかる。
彼が他の人間と比べると異常とまで言えるほど愛を捧げていた妹を助けた時、彼は一生の恩を感じたと言っていた。その言葉の意味を。