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「それで君たちは席につかないの?」
立ったままである四人の姿を見て、アマツは空いている席を指し示した。
しかし、四人は動こうとはしない。
「まぁ、いいけど。そこの黒髪の子以外は以前会ったよね?君ははじめましてだね。噂では聞いているよ。火山の島に鬼ヶ島があるって。そこの子かな?」
「アマツさん。以前炎王と一緒に会っていますよ」
「え?そうなの?」
「あと鬼ヶ島って桃太郎ですか?」
思わずシェリーはアマツに突っ込んでしまった。鬼が住む島で鬼ヶ島なんて桃太郎を揶揄っているようにしか聞こえないと。
「え?本当にあるのよ鬼ヶ島。怖い鬼がいるんだって、鬼王イゾラ。有名よ?」
アマツから鬼王の名がでてきた。確かにアマツが生きていた時代にイゾラは生きていただろう。
それもかなり有名らしい。確かスーウェンも鬼王のことを言っていたので、歴史に刻まれるほど有名な人物だったようだ。
「有名なのですか?」
「ここより、南側ではね。こっちじゃ、エルフの王とかモルテ王とかラースの大公とか魔導王とか、化物がいっぱいいるじゃない?しかし、死んでからラース本人に会えるなんて凄いわ。もう、人じゃない感がビシビシ伝わってくるし」
ここより南側ということは、大陸の南側でのことなのだろう。アマツが言葉にしたが、北側の強国を治める王は強者でなければならないような言い方だ。それも化物だと。
そして、当時はそこにアマツの名もあったのだろう。
「その鬼王と戦えば、アマツさんは勝てますか?」
「会ったことないし、わからないわ。ただ」
「ただ?」
「負けない戦いには、持っていけるとは思うわね」
勝つのではなく、負けない戦い。それは勝つ戦いではないのだろうか。
「噂では暴力的だとか野蛮だとか獣化の暴走より酷いとか耳にしたからね」
「え?獣化の暴走?」
聞いたことがない言葉にグレイが反応した。そして脳裏には父親の魔眼の力の影響を受けた獣人の姿が蘇ったのだろう。グレイは青い顔色していた。
「あら?聞いたことない?獣化を使い過ぎると自我を失って暴走するのよ。まぁ未熟者ってことね」
「耳にするほど現在では獣化できる人はいませんので、その話を聞かせてもらえますか?」
「平和だってことね。それはいいことよ?」
アマツはシェリーの言葉に目を細める。
戦い抜いて平和な国を作ろうとしたものの、エルフに目をつけられてしまったために、己の死を選択したアマツ。
アマツ自身の願いが叶えられたことを喜んでいるのだろう。
「そうね。さっきも言ったけど暴走が起こるのは未熟者だからなの。獣化って肉体の変化が起こるじゃない?それって普通じゃないってわかるかな?」
まずは普通の定義から入らなければならないのだが、そこを省くということは人の身体は変化しないことが普通となる。
獣人は獣化など普通はしない。竜人は翼など生えない。龍人に鱗は出現しない。
「例えばこんな感じね」
そう言ってアマツは右手を見えやすいように掲げた。そして一瞬にして人の柔らかい皮膚だった腕に青みがかった硬質な鱗が出現し、アマツにしては筋肉質な腕となり手先に至っては、鋭い爪まであった。物を掴む手というより、獲物を狩る手になっている。
それも器用に腕だけを龍化させていた。
その姿をグレイとオルクスは食い入るように見ている。
獣人にとって。いや、ギラン共和国で育った者からすれば、水龍アマツは神に等しい存在だ。そして金狼の祖と共に戦った英雄アマツ。
その者の力の鱗片が目の前で見せてくれているのだ。グレイやオルクスからすれば、興味深いことだった。
「比べればわかるけど、長さも違うよね?」
左手も掲げられれば、龍化した右腕の方が長くなっているのがわかる。
「これ身体に影響がないのかと言われると勿論あるの。だって考えてみてよ。いきなり背が伸びたり縮んだりしないわよね?」
確かに成長期というものがある。その時は骨がミシミシという音が聞こえ、痛みを発することもある。
それを考慮すると獣化というものが何も異常がなく、身体の変化が行われるはずもない。
「これを多様すると肉体の崩壊が起こる。そして精神の崩壊も。獣化をして身体が朽ちるまで暴れまわって、死んでいった者たちを私は幾人も見てきたわ」
戦乱を戦い抜いてきたアマツの言葉だ。その言葉が真実だと思わされた。
アマツは過去を思い出しているのか、なんとも言えない表情をしている。
「アマツ様それは獣化をしないほうがいいと言うことですか?」
獣化できるグレイがアマツに質問した。そうグレイはもう何度も獣化をしている。アマツの言葉はグレイの未来を示しているのだ。
「いくつか条件があるわね」
「条件ですか?」
グレイは食い入るように聞き返す。
「一つはレベルを150にまで上げることね」
その言葉にグレイは絶望的な表情をする。やっとレベル100を超えたところだったのだ。




