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「さぁ?私にはどうでもいいことなので」
シェリーはラースへの返答を濁した。シェリー自身は関与しないという態度である。
「龍人の王と良好な関係を保つのであれば、必要なことではないのかな?」
「ちっ!」
炎王と良好な関係。そう言われてシェリーは思わず舌打ちをする。
それは炎王の理念というものに接する可能性があるからだ。
リオンとその妻であったオリビアは、わざわざ炎王自らが大陸に連れてきた。表向きの理由はどうあれ、炎王が庇護する者たちだと示されていた。
そして不運にもその場にシェリーが居合わせ、引き取るということになってしまった。そう、炎王からリオンを託された感じになってしまったのだ。
リオンに何かあってもシェリーの責任にはならないだろうが、炎王との関係は歪なものになるだろう。
シェリー自身、炎王から受ける恩恵は日々の生活の半分以上を占めていると言っていい。
取引をやめることになってしまえば、今の生活の水準を保てなくなることは明白。
シェリーは嫌々ながら口を開く。
「きっかけはギラン共和国での次元の悪魔との戦いでしょうが……」
きっかけ、それはシェリーにラースの魔眼を使って欲しいと強要したことだ。それにより、リオンの潜在能力が露わになる。
そのリオンを見た炎王との番のリリーナは、鬼族の王であった『イゾラ』の影をみたのだ。
「私は言いましたよ。リオンさんはそもそもレベルが足りていないと」
レベルが足りていない。それはシェリーの魔眼によって潜在能力を無理やり引き出したものの、その力に耐えきれず、リオンの身体が悲鳴を上げていたことだ。
だが、炎国に行って戻ってきてから鬼化というものを行ってもリオンは己の力に傷つくことはなかった。
いったい何が問題なのだろうか。
「俺は鬼化を完全に制御できているから問題はない」
リオンは自信満々で言い切った。
シェリーはそのリオンに面倒だという視線を投げかける。
「そもそもですが、その鬼王イゾラに炎王は負けたと言っていました。その意味がわかりますか?」
約千年前の話だが、炎王が鬼王イゾラに負けた話は本人が話していたので、間違いはないだろう。圧倒的な力の差だったと。
龍人であり、変革者であり、魔術創造を持ち、幼少期にSランクの魔物を倒した炎王が負けたという事実。これは鬼王イゾラがどれ程の強者だったかわかるものだ。
それは鬼王イゾラが超越者だったことを示すものであった。
「では言い換えますね。水龍アマツが使えた龍化を炎王は使えません。なぜだと思いますか?」
「それは初代様が弱いと言っているのか?」
シェリーの言葉からは炎王が鬼王イゾラに負け、超越者に至らなかった水龍アマツが使えていた技を使いこなすことができないという軽蔑が入っているようにも聞こえなくもない。
「はぁ。そんなことは言っていません。炎王はチート過ぎて、本当の意味での困難にぶち当たってはおらず、鍛錬というものをしてこなかったが故に、リオンさんの今の状況を想定できていないという意味です」
「シェリー。どこからそんな言葉になったのかさっぱりわからない」
シェリーの言っている意味がわからないと言ったのは、リオンではなく、グレイだった。
ただ、リオンもシェリーの言いたいことがわからず、困惑の表情を浮かべている。
「はぁ」
シェリーのため息が酷い。
「これは私が言っても説得力がないですよ。ラースの一族も同じです。チートすぎて話になりません」
シェリーは初めから答える気がなかったのだろう。たとえシェリーが説明したとしても、説得力がないとわかっていたからだ。
そうラースの魔眼というチートな能力を持っているが故に、生まれながらの強者である。同じく炎王も魔術創造というチートな能力を持っているが故に初めから強者だったのだ。
強者であったが故に鬼王イゾラに負け、水龍アマツのように種族の能力の解放に至らなかった。矛盾しているようだが、シェリーはラースの一族も炎王と同じなため、説明する役ではないと言っている。
「黒狼と水龍どちらから説明されたいですか?」
シェリーは他の者に説明をさせようとしていた。しかし、シェリーが言葉にした種族の者は一人ずつしかおらず、二人ともチートであることには変わらない。
ただ、自力で種族の力の解放までたどり着いた者たちであった。
「いいねぇ。水龍とかはどうかな?」
そして、誰に説明をさせるのかはラースが指名したのだった。
「んー?種族の力の解放?」
長い水色の髪を揺らし首を傾げる女性。
「龍化をするにあたって、どのようにして力を得たのですか?アマツさん」
場所は変わりないが、いつの間にかお茶会のようにセッティングされたテーブルが出現し、人数分のお茶と焼き菓子が用意されていた。
ただ席についていたのはラースとアマツ。そしてカイルに抱えられたままのシェリーだけだった。
「ああ、龍化ね」




