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ラースは赤い目をカイルに向けて尋ねる。どのような力を欲するのかと。
それはまるでどのような力でも与えられると、白き神に匹敵するという傲慢さが見えるようだ。
「貴様には、何も望みはしない」
だがカイルはその問いにすら答えなかった。ラースの力など借りないと言わんばかりの態度だ。
「はぁ、今までの話でわからなかったのかな?何故、守護者がつけられるのかってことだよ」
「レベリオンというモノから守るためだろう」
「全然わかっていないよ」
今までの流れからいけば、落神であるレベリオンから聖女を守れという話のはずだ。だが、ラースはカイルの答えに満足していなかった。
「始まりの神々の力は別格。その加護は君たちの潜在能力を大いに引き出し、君たちの命を守ることになる。それは聖女を守ることに繋がるんだよ」
「何を言っている。俺は竜神シエロ様から加護を得ている。貴様には頼る必要はないと言っているのだ」
竜神シエロ。本来は天空神シエロ。この神はシュロスが神殺しをする前に、シェリーと出会っていたので、始まりの神の一柱であることには間違いはない。
だから、この問いをカイルにする必要はないということになる。
「百以上の加護を持つ者がなんて言っていたかな?一つ一つの神々の加護は弱いだったかな?特異者と呼ばれた者の言葉だ。しかし今は白き神の加護一つしかないとも言っていた。その者に今の君は勝てるかな?」
まさに『守護者』という加護を与えられた者のことだ。
その言葉にカイルは口を噤む。
オリバーに勝てるかと自問自答しているのだろう。ラースの問いに即答できなかったのだ。
「迷っている時点でアウトだよ。神々の加護はなくなっても今まで積み重ねてきた経験がなくなることはない。特異者であることにも変わらない。そして神の血を受け継ぐ者というのも変わらない。君では魔王を倒した魔導師には勝てない」
ラースは赤い目をシェリーに向けて同じ質問をする。
「シェリー、君はオリバーラグロード・グローリアに勝てるかな?」
「なりふり構わずというのであれば、勝つ方法はあります」
「いいよ。いいよ。戦いに綺麗も汚いもない。勝つか負けるかだ。因みにどうやって勝つ?」
「カレーを人質にというのも考えましたが、私が命じればいいだけです」
ラースの魔眼を使って命じる。確かに有効だろう。
しかしオリバーは魔眼に対しての完全耐性を得ているはずだ。でなければ、魔王と戦うところまでたどり着けなかったはずだ。
「主として隷属した者に命じる。いいねぇ~。シェリー、君は世界最凶だと言っていいよ」
「それ褒めていませんよね」
そう、オリバーは一度死にシェリーに隷属された者だ。だが、シェリーは最初の一度だけオリバーに対して己の要求を口にしたのみで、その後一度たりともオリバーに命じてはいない。
それは家族として暮らしていくためであったからだ。
だからシェリーはなりふり構わずと口にした。家族という楔を引き抜いて、オリバーを物のように扱うのであれば可能だと。
「褒めているよ。シェリー、君は私の問いに即答できた。だが竜人の君は答えられなかった。それは己の未熟さを理解できていないということだ」
これはカイルを試していた問いだったのだ。何かの力を望むというのであれば、己に何が足りないか自覚をしているということ。
そしてオリバーに勝てるかという問いに、答えなかった。これは、己の強みである力任せにいってもオリバーに敵わないことを理解しつつ、負けを認めることが口にできなかったと捉えられる。
「君に足りない力は何かな?」
ラースは笑みを浮かべてカイルに問いかける。
カイルは己の中で自問自答していた。
竜人という種族であるがゆえに、ほぼ敵無しだと言っていい。
しかし己の兄に、父王に勝てるかと問われると『否』と答える。
今まで勝てたことが一度もなかったため、勝てる要素が出てこない。圧倒的な力の差という壁がカイルの中には存在していた。
最近、頻繁に顔を合わせることになった炎王に勝てるかと問われると、炎王の力の得体のしれなさから、やはり勝てるとは言い切れない。本気でやりあえば、互いが無傷では済まないだろうという予想ができるぐらいだ。
ここ数日だけだが、共にいたシュロスに勝てるかと問われても、彼の力の前では何も意味をなさないだろうと、予想ができてしまう。
全ての力が無になるだろうという予想だ。
そしてラースが、その名を口にしたオリバーだ。魔導師と言いつつ体術か剣術を極めていることはカイルは見抜いていた。そうでなければ、勇者ナオフミの隣には立てなかっただろう。
魔導師を名乗り、呼吸をするように扱う魔導術。
カイルが勝てる要素は種族の強みである強靭な物理攻撃のみとなり、己の敗北が脳裏によぎったのだ。
己に足りないものそれは……




