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「シェリー、白き神が成功例に拘った理由がわかるかな?」
「知りませんよ」
本来の未来を改変してまで、白き神がシェリーを聖女にした理由をラースは聞いてきたが、本人であるシェリーはその言葉をぶった切る。
「そう、邪険にしないでほしいなぁ」
だがラースはニコニコと言葉を返す。
「神の血。神が住まう地。神の加護。それもナディアは始まりの神々の名を持つ一柱。その力は落神からの影響を受けない」
「それ、おかしくないですか?」
ラースの答えにシェリーは疑問を呈する。そう、それならばグローリア国が亡ぶきっかけをつくることはなかったはずだ。第二王子という者の魔王化は起こり得なかったはずだと。
「何がおかしいのかな?」
「それであれば、レイアルティス王はあのような愚行を起こさなかったはずです。今日会った本人は魔導術に興味がある良識人でした」
確かにレイアルティス王も女神ナディアの血族だ。それであれば、聖女シェリーメイは死を選択することはなかったはずだと。そして、どう見てもシュロスよりは常識的であり、逆にシュロスの行動に引いていたぐらいだった。
ただ、魔導術には異様な関心を持っていた。
「愚行?逆だよ逆。彼は気付いていたはずだよ。この世界の裏側にいる存在を、そのモノから聖女を守る堅牢と言い換えてもいいほどの結界を作り上げたのだよ」
そしてラースは困ったような笑みを浮かべる。
「ただ、グローリア国はナディアの力を拒否した者が初代王として立ったため、その思想を強く受けてしまった。いくら有象無象の神々を受け入れても、始まりの神々の力を拒んだ結果だと言っていい」
神々には生まれた時期が違うことは明白だ。星の女神ステルラはシュロスの神殺しを知らないといい、光の女神ルーチェはシュロスに噛みつく勢いで非難してきたほど憎悪を持っていた。
この神々の差は、天と地ほどあるように聞こえてしまう。同時期に存在しただろう落神の影響を受けない『始まりの神々』という神の力は別格だと。
「その始まりの神々に入る死の神と闇の神から生み出された神人を呪った。どれほどシュロス王を復活させたくなかったかわかるよね?」
「それはシュロス王に『レベリオン』を倒すように言っていますか?」
「ナディアは相当嫌っているけど、私は復活したシュロス王に、自分が行なった後始末ぐらいしろと言っていいと思うんだよ」
長年、世界の裏側で神々の力を削ごうとしている『レベリオン』という存在はシュロス王が居なければ存在しなかった。
最初の変革者であるシュロスから全てが始まったと言っていい。
『レベリオン』を倒すではなく、後始末をしろ。ものは言いようである。
「始まりの神々はね。この件には絶対に口出しはしない。何故なら、己がレベリオンになっていた可能性があるからだ。だから、その存在は人々が認識することはなく、ここまで世界に影響を及ぼしてしまった」
消えた歴史に口を噤む神々。しかしその間に落神は形を成し、レベリオンという存在に進化し、世界を狂わせていった。
「君は称号のことで悩んでいたけど、それには意味があったのだよ。『破壊者シェリーミディア』。いい意味で全てをぶち壊してくれた」
ラースの言葉にシェリーは目を見開く。
シェリーと佐々木を分けた原因だ。
自分自身の力を制御出来ず、最愛のルークを傷つけてしまったことがきっかけで、能力を低下させた。してしまった。
魔王を倒すという使命を背負った聖女であるなら、能力の低下などマイナス要素でしかない。
だが、この世界で生きる理由をルークに見出してしまったシェリーは、家族を守るという選択しかできなかった。
その称号は希望を持てない未来を破壊した。
シュロス王の復活は魔導術の発展に大いに貢献するだろう。そして謎のレベリオンという敵を殺せる唯一の存在。
白き神が黒に対する忌避感を払拭しようと画策したことを、シェリーはレイアルティス王とシュロス王を使って行なった。人々の認識を変えるという大胆な方法をだ。
「このことは君の大好きなルークシルディアが平穏に暮らせる未来に一歩近づいたと言っていい」
「良かった」
シェリーの瞳から一粒の雫がこぼれ落ちる。
邪魔でしかないと思っていた『破壊者』の称号が、ルークが平穏に生きる未来に繋がっていた。
そう思うとシェリーの中で何かが噛み合わさったような感覚が起こる。今まで否定してきた自分自身を受け入れたことで、何かが変わったような気がしたと、シェリーは胸の辺りに手を置いた。だが、違和感は感じない。
「シェリー。良かったね」
カイルはシェリーの涙を拭いながら声をかけた。
「うん。もう大丈夫だね」
ラースも何かに満足したのか、赤い瞳を細めてシェリーを見た。そしてその瞳でカイルを捉える。
「大丈夫じゃないのは君たちだ。竜人。君は何の能力を望む?」




