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「シェリー。君は魔人ラフテリアからも大魔女エリザベートからもその時の話を聞いたはずだ。何かおかしいと思わなかったかな?」
「おかしいですか?」
シェリーはラースの言葉に首を傾げる。2人から聞いた話に矛盾は無かった。一つ思い当たることと言えば……。
「一度生き返った人を、もう一度生き返らせたことですか?」
聖女の能力としては、一度生き返らせた者を再度殺し、再び生き返らすことはあり得なかった。
おかしいと言えることはそれぐらいであり、若しくはエリザベートが行なったことぐらいだ。
「あとは、ロビン様の首が元の身体にくっつかなかったことでしょうか?」
「全然違うよ」
ラースの言葉にシェリーはイラッとしたが、ため息を吐いて苛立ちを外に出した。いちいち反応しても意味がないと。
「はぁ……何ですか?」
「え?疑問に思わずにいたのかな?」
「さっさと言ってください」
何かおかしいと思えば既に口にしていただろう。二人の話に矛盾はなかった。これが全てだ。
「何故、ラフテリアに切り取られ、朽ちた王太子の首が教会にあったのだろうね」
「聖人として祀っていたのでは?」
聖人の骸を聖骸として祀り上げることぐらいあるだろう。どういう姿だったのかは語られなかったが、魔人をその身をもって制しようとしたと後付けなどいくらでもできる。
「ああ、異界にはそんな風習があるんだね。それじゃ、これはどうかな?何故世界の王となるべき存在が己の死しか未来を見なくなったのか」
「話が凄く飛びましたね」
世界の王。そして未来視ということは、黒のエルフのアリスのことを言っているのだろう。
話もそうだが時代も違う。
話の流れに何の共通点もない。いや、聖女が絡んでいると言えばいいのか?
「猛将プラエフェクト将軍の所為でしょう」
「関係なくもないけど、違うよ。では、狂王モルテ王は何故呪いに狂わされていた?」
先程から否定の言葉だけを言い、答えを言わない赤い瞳の存在を、何かと重ねてしまいシェリーのイライラ度が上昇していっている。
その不機嫌さを感じ取ったのかラースはクスクスと笑い始めた。
「別に意地悪で言っているわけじゃない。こうは考えられないかな?白き神の視野に映らない何者かがこの世界にいると」
白き神の目に映らない存在などいるのだろうか。いや、白き神は何か言っていたはずだ。
白き神の世界の理から外れた存在。闇は己の領分ではないと。それは結局何を指していたのか明確な答えはなかった。
ただ、己が喚んだ者ではない勇者ナオフミを指し示していたように思えなくもないが、勇者ナオフミはここ三十年ほど世界に影響を及ぼした存在にすぎない。
ラースのいう答えには勇者ナオフミは当てはまらないのだ。
「それは誰です?」
「誰という者ではないね。時々によって姿を変えるものだからね」
「姿を変える?」
「そうだね。聖女ラフテリアがこちらの大陸に来た理由はなにかな?本当であれば、今はラフテリア大陸と呼ばれる地の浄化を行うはずだった。いや、結局浄化されたのだから白き神の思惑は叶ったと言えるのだろうね」
ラフテリアがこの地に来たのはカウサ神教国が、白き神の言葉により迎えに行ったからに過ぎない。
いや、ラースは何と言った?ラフテリア大陸を浄化させるための聖女と、ラフテリアのことを言わなかっただろうか。
ということは、元々ラフテリアはこちらの大陸に来るべき存在ではなかったと言える。そうならば、能天気なラフテリアと剣聖ロビンは二人でことを成しとげ、最終的にラフテリアは祈りだけで世界を浄化する存在にまでなったのかもしれない、
だが、何者かの意図によりそれは阻止された。
「名は知りませんが教皇という者でしょうか」
「あたり!」
カウサ神教国の教皇。それは自らラフテリアを別の大陸まで迎えに行き、魔人化したラフテリアを元の地に送った者。
王太子であるエフィアルティスの影におり、明確には語られなかった存在。そして唯一魔人ラフテリアの殺意から逃れた存在。
二度目の魔人ラフテリアの襲撃時には影も形も話に出てこなかった存在。
「当時変な噂があったと聞きました。しかし唯一生き残ったのはその教皇のみ。意図的にラース公国を陥れようとしたのかと感じました」
「そうだね。お陰でナディアの機嫌が悪くなったのも事実。それでその教皇という者が行いたかったことがわかるかな?」
昔いたであろう謎の人物の意図を探るなど、歴史の点と点を繋ぎ隠れた歴史を探すようなものだ。
当時の者たちが気づかなかったことに、シェリーがわかるかと言えば難しいこと。
「話の流れからすると、白き神の妨害をしようとし、ナディア様の思惑も潰そうとしたというぐらいしかわかりません」
白き神に敵対している者かと考えられていたが、まさか女神ナディアに対しても妨害しようとしていたとは。いったい、それは何者なのだろうか。
 




