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「だったら、そもそも魔眼とはなんだと思う?」
魔眼とは何か。そう問われると、すぐには答えられない。何故なら、一言に魔眼と言っても多種多様な能力を持ち、種族的な能力と言ってよかった。
だから、突然魔眼を持つことになったという話はなく、生まれながら魔眼持ちということが一般的である。
そう、カイルの目の前にいる赤い宝石でも埋め込んだような目の者のように、突然神から魔眼を与えられたというのは、普通はあり得ないのだ。
「魔術的な要素を持った目ということか」
「うーん?それだと魔眼の説明っぽいよね。根源?魔眼の始まり?いつから魔眼を持つ種族が現れたのかっていう話かな?」
そんなことは神でなければ知らないであろうことを、ラースはカイルに尋ねているのだ。それこそ、白き神に聞かなければわからないことだろう。
「俺はその答えを持ち合わせていない」
カイルは、そもそも答える義理がないように、ぶった切る。
その言葉にラースは大きくため息を吐いた。
「はぁ、駄目だよ。わからないことをわからないままにしておくなんて。常に物事を考えておかないと」
「俺は優先順位をつけているだけだ。今はそんなくだらない質問に答えるより、シェリーのところに行くことが先決だ」
「私は大事なことしか言っていないけど?君は見たはずだよ。魔眼の元となった物を」
ラースはそう言って、己の赤い目を指し示した。赤い目を指し示してはいるが、それはラースの魔眼と言いたいわけではないだろう。
ならば、それは何を指し示しているのか。
「白き神の目も普通ではなかったが、それのことか?」
大魔女エリザベートの家で初めて白き神の姿を見たカイルは、ラースの目のように瞳が無く、白い絵の具でも流し込んだような目を持つ者の名を上げた。
「違う。まぁ、白き神が関わるのは変わらないけど……この世界で白き神の影響を受けないモノなんて、そもそも存在はしないのだけどね」
白き神の関わるモノ。しかしそんなモノはこの世界の全てと言い換えられてしまうので、ますますわからなくなってきている。
「そうだね。始まりは空だった。しかしその多くが地上に落とされ、一つのところに集められたものだよ。君は落とされた物を見たはずだ」
始まりは空……空島のことを指している。ということはあのシュロスが関わったモノで、ラースの言葉が意味するところは……
「ヒコウセキという物か?しかしアレは魔眼ではないだろう」
空島の動力源の宝石のような青い石のことだ。たしかあの青い大きな石は空島の動力源であるが、魔眼の要素は何もない。
「そうかな?魔眼を初めて得た種族は蛇人だよ。彼らの役目を考えれば、必然だろうけど」
蛇人。彼らの役目とは種族としての役目だろうか。確か第五師団長であるヒューレクレトがそのようなことを口にしていた。
『我々スラーヴァルはこのメイルーン・アウレア・イッラを護る者である』と。
「……先程から、全く関係のない話をしていないか?」
「いやいや、大事な話だよ」
「そもそもだ。その時代に貴殿は存在していないだろう。竜人族でも大戦時代の記憶の持つものは、一握りだけだ。なぜ、知った風な口ぶりで言う」
カイルは空島の話が出てきた時点でラースの話を怪しんだ。空島が地上に落とされたのは竜人族とアーク族と戦争が起きた時代の話だ。
永遠の命を願ったシュロスでさえ、朽ちた姿になっていたほどだ。そして、その大戦の後にシュロスの神殺しが始まり、神々から畏怖的な存在、若しくは憎悪を向けられていた。そのシュロスに対して何かしらの行動を起こしたために女神ナディアは白き神からの制裁を受けた。
そこで初めてラースが存在する時代に入るのだ。
人の過去を視ることができるとしても、その年月は果てしなく、空島から地上に落とされた鳥人や蛇人だとしても、完全に世代交代が起きている。
ということはこのラースの話自体に信用性がなくなるというものだ。
「私は言ったはずだよ。視ることに特化していると。物の記憶を視ることも造作もない。因みに、空島の動力源の一つをダンジョンに取り込んでいるから、世界の始まりと言っていい記憶も知っている」
「だからと言って俺に関係ないだろう」
段々とカイルの苛立ちが表面に現れ始めた。いや、既にイライラ感をまとっている。
「では、最初の話に戻そう……か」
カイルのイライラを無視して話を元に戻そうとしたラースに、カイルは素早く大剣を抜き、横薙ぎに振るった。
それに対してラースは身体を斜めに反らしただけで、刃を避ける。
「君がヒコウセキと言った物がなにか……私の話を最後まで聞こうか」
カイルはラースの言葉を叩き切るように、再び大剣を降り下ろすが、その大剣はラースの少し手前で止められてしまった。
「いい加減にシェリーの居場所を吐け」
カイルは更に力を込めながら、ラースの話にこれ以上付き合うことは無いと、シェリーの居場所を聞き出そうとする。だが、カイルの大剣は、何もないように見える空中に食い込んだかのように留まっているのだった。




