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「おはよう」
その言葉でシェリーのピンク色の目が開いた。声の主は、赤い宝石を埋め込んだような目でシェリーを見下ろしていた。
「何が、おはようですか。無理やり眠らせておいて」
女神ナディアから何度もくるように催促されていた理由が、シェリーに休息を取らせることだったことに、不快感を顕にしている。
文句を言いながら身を起こしたシェリーは、違和感を感じ眉を顰めた。
「爪が凄く伸びている」
ベッドに手をついて起きたときに爪が引っかかったのだ。戦う者としては、邪魔になるほどの長さまで爪が伸びている。これでは拳を握ったときに手のひらを傷つけそうだ。
「そうだね。シェリーの時間では一ヶ月は経ったかな?」
「一ヶ月も無駄な時間を過ごしていたのですか?」
一ヶ月も寝られるというのもおかしなものだが、シェリーとしては寝ることに一ヶ月も使用してしまったことのほうが重要だった。
「うーん。地上では2週間ぐらいだね」
「どういうことですか?」
シェリーの時間では一ヶ月と言い、地上では2週間しか経っていない。その時間の差は何故起きているのだろうか。
「それがね。困ったことが起きていてね?」
「それは先程から断続的に聞こえてくる音のことですか?」
実はシェリーが目覚める前から、地響きのような音がこの空間に響き渡っている。その原因は何か。
「そうだんだよ。本当に竜人の番への執着は怖いね。これでも色々手を施したんだよ。一ヶ月は休まないと駄目だったからね」
断続的に響いている音はカイルの所為のようだ。これが、女神ナディアが『色々問題があるもの』と言って、カイルだけシェリーの側に残した理由になる。
番に対する執着。何かと逸話が残る竜人族の性質だ。
そして一ヶ月は休息が必要だというのはシェリーのことだろう。
その一ヶ月を捻出するために、この地響きが起こっている状況になっていると思われた。
「はぁ、あの竜人。一日で百階層に到着したんだよ」
時は戻り、カイルは数時間後には百階層に到着していた。流石竜人と言えばいいのか。それとも流石レベル200越えの超越者と言えばいいのか。
息一つ乱さずに、ラースの前に立っていた。いや、殺気をラースに向けてカイルは威嚇している。
番であるシェリーへの執着と言うべきか。
それに対して玉座のような豪華な椅子に呆れたような感じで、座っているのはラースである。片足をあぐらをかくように行儀悪く椅子の上にあげ、そこに肘をついて、この世界の最強種である竜人を見下していた。
「君。魔眼への耐性を得る気はないのかな?」
「シェリーはどこにいる」
「何故、魔眼持ちの目を先に潰してしまうのかな?意味が無いじゃないか」
「シェリーはどこだ」
「これはシェリーミディアのためでもあるってわかっている?」
「どういう意味だ?」
魔眼持ちの魔物に対しての対応について、カイルは答える気がないようにシェリーの居場所を聞き出していたが、魔眼の耐性を得ることがシェリーの為という言葉には反応を示した。
「何って言われたのだったかなぁ?君たちが弱いと黒の聖女が死ぬだったかな?」
「何故、それを知っている」
この言葉はユールクスのダンジョンで黒のエルフのアリスから、伝言で言われた言葉だった。その場には目の前にいるラースは居なかったはずだ。
なのに、何故知っているのか。
そう、人神であり、ダンジョンマスターという存在であるにしては、知りすぎているところが、ラースにはあった。普通であれば知り得ないことを、言葉にしていたのだ。
「良くも悪くもこの目の所為だね。この目は視ることにも特化していて、人の記憶も見れるんだよ。だから、君たちが今まで見てきたものも視れる」
確かにラースの目は見た目から普通ではない。人の記憶も覗き視ることができるなど、見られる者はたまったものではない。
だが、統治者としては、かなり有効につかえる能力だろう。
「そして未来も視ることができる。このままだと、魔王を目の前にして立っているのはシェリーミディア、ただ一人だけなんだよ。君たちは誰一人として生き残れない」
未来視。人の過去を視ることも、未来も視ることができるラースの神眼。流石、女神ナディアから与えられた重苦しい愛と納得できる能力だ。
ここまでくると、元人族だった者が普通の神より、力をもっていることになるだろう。
「理由はなんだ。俺が死ぬ理由は」
確かにカイルが敵わない存在はいる。それは竜人族の王族である兄たちや父王である。
しかし、竜人という種族は他の種族を圧倒する力を持っており、その竜人族の中でも強者の部類にカイルは入ってくる。だが、ラースはそのカイルに死の未来を言葉にした。
カイルとしては納得できないところだ。
「まぁ、魔王ではないのだけど、強力な魔眼持ちにしてやられるって感じだね」
「ラースの魔眼以上の魔眼は存在しないはずだ」
カイルの言う通り、ラースの魔眼以上に強力な魔眼は存在しないと、言われているのが常識である。




