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ラースに五人の殺気が向けられた。いや、鈍色の剣がラースに向かって振り下ろされる。
「さっきから偉そうに!確かラースっていう奴が、最深部のボスだっていう話だったよな!」
オルクスである。最下層に当たる百階層のラスボスがラースであることは、事前に聞いていたため、オルクスは眼の前の者を倒せば済むという安直な考えのもと行動を起こしたのだろう。
だが、それは悪手である。
振り下ろされる剣を右手の人差し指一本でラースは止めたのだ。そして軽く指を弾く。オルクスは後方に吹っ飛ばされた。それもここからでは目視できぬほどに。
「私の話は最後まで聞こうか」
そう言って、ラースは笑っていない笑みを浮かべる。
「確かに最下層までくれば、私が相手になる。しかし残念ながら、これは私の本体ではないよ。本体は別のところにいるからね。まぁ、来るか来ないかは君たちに任せるよ」
ラース本人ではないが、それでも力の差は歴然だと見せつけた。そして、本題を口にする。
「強くなりたいっていうなら、君たち次第で力を与えることができるよ。例えば獣化。例えば魔力の増加。例えば魔力制御。例えば……竜王の天冠……おっと」
ラースが言った最後の言葉にカイルが動いた。それもラースに掴みかかろうとして、その手をいなされる。
「人神如きが与えられると言っているのか?」
カイルは殺気を乗せた声で言う。元はただの人であった者が軽々しく口にするなと。
「何か勘違いしているようだね」
「勘違いだと?」
「そう、勘違い。神々は創られたときから、その領分を決められてしまっている。だから、他の神の領分には手が出せない。これが世界の理」
天空神シエロが光の神ルーチェに言っていた言葉だ。『今の君は君の領分から逸脱している』と、そして『以前のように位を下げられたいのか』と。
これはその神に決められた領分から外れた行動をとると、ペナルティーが与えられるということだ。そうなると、神々は他の神の領分には手を出さない。
「しかし、私は人から神に至ったもの。これが、どういうことかわかるかな?私には決められた領分が存在しないということだよ」
ラースはそう言うが、そもそも人と神とを同列視はできない。どうしようもない力の差というものがある。……いや、シェリーは神という存在を殴っていた。
だが……しかし……人の願いを叶える力が人にあるかと問われれば、やはり人の域を出ることはないだろう。
己の力以上を引き出すことはできない。それこそ神々の領分だ。
「だけど、何もせずに力を得ようだなんて、そんなことは許されないからね。このダンジョン内には、数種類の魔眼を持つ魔物がいる。その魔眼を持つモノの中で複数の魔眼を持っているものを倒せば、その数に応じて力を与えよう。それでどうかな?」
「その話はおかしい」
今度はリオンが疑問を呈する。その右手はいつでも刀を抜けるように柄に手を添えていた。
「それは他者に干渉する力だと言っていい。そんなことが人にできるわけがない」
「そうかな?君たちはよく知っているじゃないか。ラースの魔眼。私の目はそれのオリジナルだ。他者に干渉することなど造作もない」
ラースは己の赤い目を示す。赤い石を眼球代わりにしたと言ってもいい目を。
人を意のままに操ることができる魔眼。
この魔眼より強い魔眼は存在しないとも言われているほどのラースの魔眼。
その元が女神ナディアから与えられた神眼である。
「結局のところ神々の祝福というものは、その者の潜在能力を引き出しているに過ぎない。いや、力がある神はそうとは言い切れない部分があるが、それはほんの一握りだ」
神々の祝福。言葉を聞く限りその恩恵を大いに期待してしまうものだ。
「ほとんどの神の祝福は、持っている力を引き出すきっかけを作っているに過ぎない。だから、その引き出された力を磨かなければ、扱うこともできないのだよ」
このラースの言葉に思い当たることがある。それはルークだ。
神の祝福というものに憧れを持ち、手に入れた祝福は『一星の天冠』だ。内容といえば努力をすれば望みが叶う。そんな当たり前の祝福だ。
だが、星の女神ステルラはルークに道を指し示した。それは彼女の領分であり、今のルークにきっかけを与える祝福であった。
これが神の祝福というものの正体だ。
「君たちにわかりやすく言えば、私はこの神眼を使って、その潜在能力を引き出してあげようと言っているのだよ。ただ、その力に耐えうるということを示すために君達の力を見せて欲しいということだね」
そして、ラースは瞳がない目をカイルに向ける。
「それが竜王にしか得ることができない『天冠』でもだよ」




