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「誰だ」
ここには5人の気配しかない。それなのに5人以外の第三者の声が聞こえてきたのだ。
カイルは大剣の柄に手をかけて、声がした神殿の方を警戒する。そこには今まで誰もいなかったはずなのに何者かが神殿の奥にいた。
だが、気配は感じない。存在感を隠してカイルたちの様子をうかがっていた存在に、カイルは殺気立つ。
声をかけられるまで全く存在を認識できなかったと。
「そんなに殺気立たないでよ。コワイコワイ」
声には嘲りの色が乗っており、カイルを苛立たせた。
その神殿の奥にいて姿が確認できない者が、カイルの殺気に怖いと言いながら自ら神殿から出てきて姿を顕にする。
声をかけてきた者の姿を見たカイルはよりいっそ、不快感を顕にした。
「何故ここにおられる」
いつもと違い目立つ赤い衣をまとっているが、カイルが一番の敵と認識している白き神の姿を捉える。ここにいるはずがない存在だ。
「誰かと勘違いしているようだね」
そう言いながら赤い衣をまとった者が、閉じていた瞼を開く。そこには眼球というより赤一色で占められていた。
「はじめまして、私はラース。このダンジョンのダンジョンマスターって言えば理解してくれるかな?」
その瞬間、カイルはシェリーがラースという存在に会いに行くことを拒んでいた理由を理解した。
白き神と似ているからだと。それも姿かたちだけではなく、苛立たせる感じも同じなのだ。
「ナディアのわがままで、強引にここに連れてきて、すまないね。でも彼女の苛立ちもわかるんだよ」
女神のわがまま。一言で言えばそうなる。グレイとスーウェンとオルクスとリオンは、まさに言葉通りに女神ナディアに強制的に連れてこられた。
「それに竜人君の苛立ちも理解できる」
これはカイルの先程の言葉に対してのことだろう。
「ナディアほどじゃないけど、子孫の者たちには幸せになって欲しいと思っているんだよ。だけど、聖女となった者の末路は全て悲劇だ。なぜだかわかるかな?」
「番である者が悪いと言いたいのか?」
ラースの問いにカイルが答える。それはシェリーが何度も言っていたことだ。
「そう、君たちが悪い。初代聖女は信仰心が高い者が選ばれた。本来であれば祈りだけで世界を浄化できるまでになっていただろうね。でも守護者が弱すぎた」
確かにラフテリアの白き神への信仰心は狂信的と言い換えてもいい。だがそれは己の失敗を悔いたからだったはずだ。
いや、元々その素質があったと言いたいのだろう。
「二番目の聖女は世界の王の母になる者が選ばれた。しかし聖女の言葉を履き違えた愚者の所為で神々に殺された。愚かなのにも甚だしい」
世界の王。それはアリスのことを言っているのだろう。未来視ができる者が王に立つのであれば、母である聖女の未来は安定し、世界の浄化は順調に進んでいったことだろう。
しかしその未来は死で満たされてしまった。
「そして血族であるビアンカルディア。彼女は一番の被害者だろうね。確かに成すことは成した。だけど、全てを放置して表舞台から消え去るという愚かしさ。三人揃っていれば、それも防げたのだろうけど」
ビアンカは聖女の本来の目的である世界の浄化を行わずに消え去った。
一度目はオリバーが連れ去り、二度目は勇者ナオフミが聖女を己のテリトリーに閉じ込めた。
全ての後始末を放置して、戦禍の傷を更に広げ、魔王の再臨を早める結果になってしまった。
「君たちは恵まれた環境にいるにも関わらず、この低能を晒す愚かさ」
ラースはその赤い眼を眼下に向ける。
「シェリーミディアは歴代の聖女の番たちを喚び出す能力がある。何故、彼らに教えを請わない?彼らに敗北し何故そのまま過ごせる?君たちが敗北した者達は誰もが聖女を守れなかった者達だ。そんな者達ですら敵わない者に聖女が守れると思っているのか?」
敗北。確かに敗北した。しかし再戦を望んでも了承を得られなかったのも事実。
「シェリーミディアは彼らを地に伏しているのに?シェリーミディアの言うように君達の存在など必要ないってことだね」
これを言われてしまったら愚の音も出ない。シェリーは……佐々木はSランクの者を同時に五人相手に戦っていたのだ。ロビンは魔術を使わず剣のみでという己に制限をかけていたようだが、それでも佐々木は圧倒していた。
「ああ、そもそも守護者は一人でいいということかな?オリバーラグロード・グローリア。いや、リブロ神から『カークス』の名を与えられた者。彼は今嬉々として新しい力を身につけようとしているからね」
オリバー以外、誰も知らない名を口にするラース。彼はダンジョンマスターであり、ダンジョンから出られないはずだ。しかし、あまりにも多くのことを知っている。
いや知りすぎているとも言える。
そして、聖女であるシェリーの守護者は、番だけではないという現実を突きつけた。
一国の魔導師長を務め、魔王を討伐した者。今の時代では最強と言っていい魔導師の守護者が唯一でも良いのかと。




