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「しかし、ここまで来るには相当の月日が必要だろう」
ラースはダンジョンを攻略して、ここにたどり着くには、数日という時間ではなく月日と表現した。確かに勇者ナオフミがダンジョンを攻略するのに要した期間は一ヶ月だった。
ならば、それ同様の期間は掛かるだろうという予想だ。
その期間を聞いたシェリーは更に不快感を顕にする。
「私、帰ってもいいですよね?」
そんな長期間、無駄に過ごしたくないというシェリーの思いが溢れている一言だった。
「だから、駄目だって」
シェリーと彼らの間には番という繋がりがある。そしてカイルに至っては番の儀式まで行っているのだ。それでシェリーが帰ってしまえば、女神ナディアの思惑から大いに外れてしまうことになる。
これから先、戦って行く中でこのダンジョンで課したことは必要になると。
「さっきも言ったけど。シェリー。君は努力の末、聖女として十分な力を得ている」
「ラース様。それは違います。全く足りていません」
聖女としては、歴代最高と言っていいというラースの言葉を、シェリーは否定する。だが、その言葉も更にラースは首を横に振って否定した。
「君に必要なのは、力を得ることではなく休息だ」
「必要ありません」
このことに関しては、シェリーとラースの意見は合うことなく、平行線に続いていく。しかし、どちらも折れることはない。
シェリーとしては、自分の未熟さを痛感している。結局、完全体の悪魔を模した存在に傷はつけられても決定打に欠けてしまったのだ。
しかしラースからすれば、それを行うのはシェリーの番たちであり、シェリー自身ではないと言う。
混じり合うことがない平行線の話に、意味を見いだせなくなったシェリーは、椅子から立ち上がる。
シェリーは帰ろうと鞄から魔石を取り出した。
このような場所で転移を行おうとしているのだ。
「休息は大事だよ。疲れてはいないと思っていても疲労は蓄積していって、本来の力を発揮できなかったりするからね」
当たり前のことを言われたシェリーは、その言葉を無視するように、地面に魔石を落とす。
「だからゆっくり休んでいって、ここは『ファレンガード』傷ついた魂を癒す場所だよ」
突然、シェリーの視界が揺れた。いや、身体が力を無くしたように倒れて行っている。
「こ……こんな強引……な」
シェリーから呻くような声が聞こえて来たが、次の瞬間には意識を保てなくなったのか瞳を閉じて倒れていく。
そして地面に倒れたかと思えば、何故か大きなベッドの上で眠っているシェリーの姿があった。
ここはラースの思い通りになる場所。ベッドを出現させるなど容易いこと。
神人ラース。彼はダンジョンマスターである。と言うことは、ダンジョンマスターの絶対なる掟に縛られているのだ。
そう、ダンジョンマスターはダンジョンから出ることができない。
次元の狭間といえども、ここは彼が管理するダンジョン内だった。
「さてさて、彼らにも本気で攻略してもらわないとね」
ラースは赤い宝石を埋め込んだかのような目を細めて言う。
しかし今までグレイたちは本気でダンジョン攻略をしていなかったのだろうか。
「我が女神は、君たちの有り様にとてもご立腹なんだよ。だから、ここは一つ私自身が動いてあげよう。きっと面白いことになる」
クスクスと目を細めて笑う姿は、まさに白き神の生き写しと言っていい。そして、その性格の悪さもそっくりだ。
そんなラース自身が動く。それは面白いという言葉では片付けられないことが起こると予想できたのだった。
「さて、流石竜人と言ったところか、既に彼らと合流しているね。あー楽しみだなぁ」
そう言葉をもらしたラースの姿は、空間に溶けるように消えていったのだった。
一方その頃、カイルはグレイたちに追いついていた。
「何をやっているんだ」
それもかなり機嫌が悪いのか。イライラとした雰囲気が見て取れた。
突然、女神ナディアによって、シェリーと離れ離れにされてしまったからだろうか。
「あれから四日は経ったはずだ。なのに未だに、十階層にいるとはどういうことだ?」
違った。グレイたちに追いついたカイルは、未だに十階層までしか攻略できていない彼らに対して苛立っていた。
確か女神ナディアからダンジョンに行くように強制転移をさせられたのは、ほんの少し前。
シェリーとラースが押し問答をしている時間しか経っていない。
これはカイルが速すぎるとも考えられる。四日で十階層であれば、計算上では一ヶ月と十日で攻略できる。
しかし、シェリーの攻略ペースを再現しようと思えば、カイルの攻略ペースで問題ない。これはもしかしなくても、カイルは最速で攻略しようとしているのだろう。




