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「そういう言い方は、酷いね」
シェリーに女神ナディアをこの場に留めておく人柱と言われたラースはクスクスと笑いながら、酷いと口にする。
「それからさっきの話だけど」
「どの話ですか?」
また、話を変えようとするラース。あまりこの話を続けるのは、よくないと思ったのかもしれない。
ここは女神ナディアが創り出したダンジョン。女神ナディアもシェリーとラースの話を聞いていることだろう。ならば、女神ナディアの機嫌を損ねるような話は長々とすべきではない。
いや、そもそもシェリーをここに呼んだ目的が明確化されていないのだ。雑談をするために、わざわざシェリーを呼んだわけではないはずだ。
「君の守護者の件だよ」
その言葉にシェリーの目が据わった。守護者という名の五人の番。
「シェリー。君の努力は既に人という域を超えるまでになっている。だから私は守護者の彼らに力を与えることにする。それが君の力となる」
このダンジョンはラース公国の大公になる者に対しての試練の場所である。そしてラースの魔眼を扱えるようにする場であり、他の魔眼に対する耐性を得る場である。
だからその魔眼の耐性を得る為に、彼らはここにいるのだ。
「ラース様が与えるですか?」
シェリーは何を与えるのだといいたげだ。
「おや?シェリーには体力上昇を与えたはずだけど?」
「知りませんよ『ドルロール遺跡百階層攻略』なんて称号が、体力上昇なんて気が付きません」
称号。それは与えられることで、何かしらの力が付随している名のことだ。
「私のここでの権限は、ある特定の魔物をどれだけ倒したかによって、能力付与を与えられる。因みにシェリー、君は二体だけだったので、体力上昇しか与えられなかったのだよ」
これはダンジョンマスターの権限ということなのだろう。
確かに陽子も言っていた。ダンジョンマスターが決めた規程によって、能力付与ができると。
シェリーのドルロール遺跡の攻略日数は二日。攻略というよりも、駆けていったと表現した方がいいだろう。ならば、ダンジョンマスターであるラースが定めた基準を最低限で突破したと言える。
「だったら、何故私をここに呼んだのです。もう一度攻略し直せと言いたいのですか?」
「違うよ。私が了承したのは、君がここにくることであって、攻略するようにとは求めてはいない」
「それではここに来たので、私は帰っていいですよね」
「それは困るよ」
シェリーを呼びつけたにも関わらず、用は無いといい、ダンジョンの再攻略を促すわけではない。ならば、なぜこの場にシェリーを呼んだのか。
「君は目印だからね」
「目印?」
「そう彼らの攻略完了は、ここまでくること」
五人の番のゴールはシェリー。
最下層のラースがいるこの場所がゴールであるとするなら、わざわざシェリーを目印に使う必要はないはずだ。
「おかしなことをラース様はいいますね。ここは人が住まうところと、神界の間というところですよね。このようなところは普通はこれません」
いや、シェリーは今いる場所がどこか正確に理解していた。いつもは別の空間のように隔てられた神々が住まう場所とシェリーたちがいる場所との間だと。
「そう。次元の狭間だね」
『次元の狭間』どこかで聞いた言葉だ。
次元の悪魔が住んでいると言われている場所。
ただ人の身でたどり着いたという話は聞いたことがない。それに自力でたどり着ける場所なのだろうか。
「でも、前回の魔王というモノは次元の狭間にいた。ならば、行き来を可能にしておくべきだ」
「それ初耳ですが?」
シェリーの周りには魔王討伐戦を戦い抜いた者たちがそれなりにいるし、本当の両親や同居人のオリバーなどは第一線で戦っていた者たちだ。
その者たちからは、魔王がどこにいたのか口の端に上ることはなかった。
討伐戦がどのようだったのかは話に聞くことはあっても、その場所はどこというのは曖昧だった。
暴君レイアルティス王とエルフの王との戦いの跡は生々しく残っているというのに、魔王討伐戦の跡地というのは、なかったのだ。
だから人々の中では、勇者の番狂いで一番被害を受けたグローリア国にその地があるのだろうと思い込んでいた。
しかし、そうではなかったとラースが口にする。なぜ、その事実を戦い抜いた者たちは、誰しもそのことに対して口を噤んだのか。
「そうかな?最後のグローリア国の王族は、私が課した課題を攻略して次元の狭間への道を習得した。彼は知っているはずだ。魔王が居た場所がどこかと」
違う。オリバーの性格から考えると、聞かれなかったから答えなかったと言われそうだ。それに決戦となる地に向かう者達は、己の命を賭して魔王に挑んだはずだ。生き残ることなど頭の中から排除してだ。
ならば、敢えてこれから向かう場所の説明をしなかった可能性もある。生きて戻れる希望などありはしなかったのだから。




