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「人の心を操作するって、あの大魔女は何を思い、そんな魔術を作ったのだろうね」
シェリーとクストが話しているところにカイルの疑問の声が降ってきた。
魔女として、人の心に魔術がどれほど影響があるのか、調べたかったのだろうか。
「そうですね。これは私の予想ですが、ツガイから解放されたかったのではないのでしょうか?」
ツガイからの解放。大魔女エリザベートは確かに口にしていた。番の死によって己が死んだと。
番に囚われたことで、二度死んで二度生き返り、世界の楔から解放された大魔女に死が与えられたのだ。
それは番の心を変えて、世界の楔から逃れようとしたのかもしれない。
シェリーの言葉を聞いたカイルは、シェリーを抱えたまま、ここから立ち去ろうと出入り口の方に向かう。
シェリーから一定の距離をとられれば、英雄の亡霊はその存在を保っていられない。
だからカイルはシェリーとレイアルティス王との距離を離し、レイアルティス王の存在を消そうと試みる。
「カイルさん。それが成功していたら、大魔女エリザベートは今の時代も生きていて、グローリア国は永劫に繁栄していましたよ」
しかし大魔女エリザベートは約千五百年前にその生涯を閉じた。番である者の死によってだ。
大魔女であろうとも世界が定めた番の死には抗うことはできなかったと。
そして、大魔女エリザベートが生きていれば、北側諸国はグローリア国一強になっていただろうとも口にした。
「今はステルラ様の言葉に、我々がどう行動を起こすかではないのでしょうか?」
一度、女神ステルラの祝福によって痛い目に遭ってしまったシェリーとしては、ステルラの威には準じたいと思っていたのだろう。
人から蔑まれるのも嫌なものだが、人から過剰な好意を持たれるものも避けたいものだ。
カイルはシェリーの言葉に足を止める。カイルからしても女神ステルラの祝福は厄介なものだった。だが、シェリーが本来の姿である黒髪の姿で過ごすようになったきっかけであり、シェリーの心の平穏は女神ステルラの祝福により守られているのも確かであった。
「まぁ。この状況を、ニヤニヤとした笑みを浮かべて見ているクソ神がいるのも確かでしょうが」
この状況は白き神でも予想できたことなのだろうか。始まりの変革者であるシュロスと己が四代目の聖女の守り手として選んだ者が楽しそうに魔術談議をしている姿をだ。
「うむ。確かに不安定だ」
そう言葉にしながらも、レイアルティスの手のひらの上には、球状に紋様を描きながら展開する陣が浮かんでいる。
「これを世界の大きさにまで広げるとなると骨が折れそうだな」
この場で術を発動することは可能ではありそうだ。しかし、必要なのは世界中の人々に、影響を与えるほどの規模なのだ。
「そこは神々の力を借りましょう」
難しいと言うレイアルティスに対して、シェリーは現実的でない案を口にした。個人としての力ではまかないきれないのであれば、神々の力を借りようと。
「ラースの娘。何か勘違いしているかもしれないが、普通は女神ナディアのように出しゃばることはない。あの女神は過干渉すぎる」
やはりレイアルティス王から指摘を受けた。シェリーが言うように神の力を頼ろうとするのは間違っていると。一人の男に固執した女神ナディアが異質なのだ。
「そこは大丈夫です。シュロス王がこの場にいて、空島の動力源がこの城の地下深くにあるのです」
「それのどこが理由に当たるのか理解できない」
レイアルティス王は一人の王ごときで神々が手を貸すとは思えず、空に浮かぶ力あるからと言って、小さな陣を維持することで精一杯な状況から、どうやって世界を覆うほどになるのか。どう考えても至らなかったのだ。
「言い換えると、グローリア国で祀っていた御神体が完全な形で存在していると言いかえればどうですか?」
シェリーは確証がないまま口にした。グローリア国の神殿に祀られているものが何かとは、実際には見ていない。
だが、あの白く光る正八面体の物は、大魔女エリザベートとしては興味を惹かれるものだと理解できた。
だからアレの欠片を御神体として崇めたのだろうと予想で口にしたのだ。
「御神体の完全体だと?」
「そうです。神々はその力の根源に誘われて顕れてくれるでしょう」
「しかし、アーク族の王は関係しないだろう。確かにこの術式の構築の仕方は興味深く面白かったが」
レイアルティス王はシュロスの説明で理解し、術式を完成させたのだ。シュロスのシェリーに何かと文句を言われている状況から行けば、レイアルティス王の理解度の高さが窺える。
「関係ありますよ。神を神とたらしめたのがシュロス王なのですから」
神々から神殺しと恐れられているシュロスだが、神という概念を世界に植え付けたのもシュロスである。
シュロスがいることで、世界は大きく揺れ動くのだ。




