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歴史上の人物を喚び出したからと言って解決する話ではない。クロードが言っていたように死人は所詮死人だ。死人の言葉に意味はない。
「お祖母様の書物?」
その呼び出された人物は、シェリーが言った言葉に記憶がないと言わんばかりに、首を傾げている。
世界の記憶から作られた存在に全ての記憶があるのか疑問ではある。
するとシェリーは鞄から古い本を銀髪の男に差し出した。
「エリザベート様が書き残されたものです。レイアルティス王」
「このような物があるとは記憶していないが?」
疑問に思いながらも、レイアルティス王は渡された古い本を手に取り開いた。一瞬固まったかと思えば、凄い勢いで本のページを捲りだす。
そしてわなわなと震えだした。
「こんな物がどこにあった!これがあれば俺は……」
「シェリーメイ様を死なせなかった?違いますよ。シェリーメイ様の言葉に耳を傾けなかった時点で未来は決まっていましたよ」
シェリーの名前の由来になった聖女シェリーメイ。彼女もまた番という者に翻弄された人生だった。
「まぁ、プラエフェクト将軍よりはましなので、神々も存在を許したというだけです。因みにその本はモルテ王が管理していました」
「モルテ王。お祖母様と懇意だったと話には聞いていたが、そうか……それで嫌がらせのように、人の心の操作の魔術を見せつけて、俺に何をさせたいのだ?」
レイアルティス王は先程見せた番への執着を瞬時に切り替えて、シェリーに本を返した。
嫌がらせのように人の心を操る術が存在していたと見せつけた理由があるのだろうと。
「例えば、この術を使って人々の認識を変えられませんか?」
「流石ラースの娘。恐ろしいことを平然と言う」
何故かシェリーは魔導術をオリバーではなく、レイアルティス王につかわせようとしている。
なぜ、だろうか。
「陣形術式を使えますよね?」
「ああ」
「どれほどの域まで使えますか?モルテ王は複数の陣形を並べていました」
「それぐらいなら問題ない」
「立体陣形は?」
「……それは流石にお祖母様ぐらいしか使えないだろう」
その言葉にシェリーは考えるような素振りを見せ、未だに円卓の上にいるシュロスに視線を向けた。
「シュロス王、立体陣形を出してもらえますか?」
「ん?こういうことか?」
シュロスは円卓の上でしゃがみながら、右手を差し出す。その手の上には球状の魔術の陣が形成されていた。しかし、何かの術が施されているようではなく、ただの光が複雑に絡んでいるようにしかみえない。
流石にゲーム脳のシュロスということなのだろう。シェリーに言いたいことを瞬時に理解できたようだ。そう、ただ出すだけという意味だ。
「でもこれってさぁ。不安定なんだよなぁ。だから魔力の安定供給が必要だ」
「それで空島を周回させているのですか?」
「おっ!佐々木さん流石だな。あまり大きいと崩壊するスピードが早いんだよ」
その姿を凝視するレイアルティス王。どこかで見たような姿だ。
「それはどうやって形を保っている!」
レイアルティス王は叫びながら、シュロスに近づいていった。いや円卓の上にいるシュロスに近づくということは、レイアルティス王も円卓の上に立ち、シュロスに詰め寄ったのだ。
「ん?普通の平面だと、一定方向に流せばいいのだけど……」
白髪の男と銀髪の男が円卓の上で何を真剣に話をしているのかという光景が繰り広げられている。
その姿をみて何気に満足しているシェリーにクストが近寄ってきた。
「おい、何をしようとしているんだ?」
過去の人物を喚び出してまで何をしようとしているのかと。何が目的で、怪しい書物に書かれている人の心を操るという術を使わそうとしているのかと。
「第六師団長さん。この世界の歪さを修正しようとしているのですよ」
「何だよそれは」
「黒狼クロードが、青狼の一族を恨んだ根源を払拭しようと思っています」
「……それは黒を持つ者への偏見をということか?そんなことで人の意識が変わるのであれば、なぜ今までしてこなかった。出来なかったからこそ、今があるのだろう」
クストの言葉は黒狼クロードの血を引いていたとしても、人々の偏見の視線を受けていた心からの言葉だった。
「それは、広範囲まで影響を与えることができる陣形術式が使える者がいなかったのと、世界を覆えるほどの魔力を持つ者が居なかったのと、魔女の書物が見つからなかったからですね」
それは魔導師長であったオリバーでは使えず、モルテ王でも使えなかった。ならば、大魔女エリザベートが適任だったのではないのだろうか。
「あと、神から恨まれておらず、神を恨んでいない人物がいいですね。それはきっと神々から祝福の効果も上乗せされるでしょうから」
そうなると適任者は限られている。
神々の居場所を作り上げたグローリア国の王。レイアルティス。
暴君と歴史では称されているが、シュロスと話している姿はただの魔導術の探求者にしか見えなかった。




