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「イリアがいこうかーん」
サリーはモルテ国との外交を担当している者の名前を叫びながら、会議室を出ていく。
シェリーが名を上げた人物は流石にサリーとしても許容範囲外だったらしい。モルテ国との外交で、何度か国を訪れているイリアに意見を求めに行ったのだろう。
その姿は脱兎のごとく消えてしまっていた。
「なぜ、そんな話になったのか聞いてもいいかな?」
イーリスクロムは口元を引きつかせながらシェリーに尋ねる。
普通はモルテ王を招待するという話にはならないはずだ。一応外交という形で接触はしているものの、ご機嫌伺いという形だけの外交であり、ほぼ国同士で取り決めるすることはなかった国だ。
それがいきなり聖女お披露目パーティーに出席するなど、何かの間違いだと思われても仕方がない。
「モルテ王は大魔女エリザベート様と懇意にされていたようで、大魔女エリザベート様の魔女の家にお呼ばれしたとき……」
「ちょっと待って、どこからそんな歴史上の人物がでてくるの?大魔女エリザベートって、あの暴君レイアルティス王の祖母にあたる王妃だよね?」
イーリスクロムはシェリーが話しているのに、その言葉を止めて疑問を投げつける。
暴君レイアルティス王の祖母が大魔女エリザベートのはずだと。その人物は既に歴史に埋もれてしまった大魔女だと。
「はい。そうですね。魔人ラフテリア様との繋がりで『魔人ラフテリアって初源の魔人!』……ちっ!」
いちいち話を止めてくるイーリスクロムにシェリーは舌打ちをする。そんなことで話を止めないで欲しいと言わんばかりにわざとらしく大きく舌を打った。
「君。僕がこの国の王だってわかっている?」
「命令系統をなかなか一本化できないクソ狐だとわかっていますよ」
「佐々木さんって、いじめっ子だよな」
復活したらしいシュロスのつっこみにシェリーは一睨みして黙らせる。外野は黙っていろと。
「人の話を聞く気があるのですか?無いのですか?それとも大魔女エリザベート様を喚び出せば納得しますか?」
「はぁ。また『雷牙の黒狼』と同じか。聞くよ」
イーリスクロムは大魔女エリザベートはクロードと同じく死者を喚び出した存在と理解して、納得したのか話を進めるようにシェリーに促した。
「大魔女エリザベート様の遺産をモルテ王が保管していると知って、お話をしていると、いつの間にかミゲルロディア大公閣下と共に出席するという話の流れになっていました」
シェリーはズバッと端折って、モルテ王とミゲルロディアが聖女お披露目パーティーに出席すると言った。
イーリスクロムは最初、何を言われたのか理解していなかった。しかし、だんだんとシェリーの言葉の意味がわかってきたのか、頭を抱え込んでしまっている。
ラース公国として正式に発表はしていないが、ミゲルロディアの存在が怪しいということは周辺各国は掴んでいる。
それは危険人物である勇者の存在を監視するという意味合いがあったのだ。その情報網でも未だに性格なことがわからない存在が、魔人化したというミゲルロディアだ。
「いい加減、僕に大公閣下がどうなっているのか教えてくれるかな?」
これは一番情報を持っているシェリーに聞くべきだとイーリスクロムは判断した。何度聞いても断られているのだが、今回は流石に拒否は許されない。迎え入れるのはこのシーラン王国なのだから。
「そうですね。魔人ミゲルロディア閣下と言えば納得されますか?」
「それ納得する以前に、駄目なやつだよね!人前に魔人が現れるって、もう阿鼻叫喚地獄だよ?わかっている?」
「そうですか。星の女神ステルラ様のご意向に歯向かうと」
「うっ……」
星の女神ステルラ。ただ一度だけイーリスクロムの前に現れた女神。
その女神の怒りを宿した宇宙のような目を見てしまったイーリスクロムは、その畏怖に身を固めにしまった。
魔人を受け入れるかといえば、国か魔人かを天秤に掛けざる得ない。しかし神に歯向かうのかと言われれば、答えなど一つしかないのだ。
その事にイーリスクロムは円卓にうつ伏、うなだれてしまっている。神の威を叶えるのには、色々問題があると。




