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流石に炎王が絡んだ話に、ニールは口出すことはなく、依頼にあった幻視蝶の鱗粉のみを取引し、シェリーは冒険者ギルドを出ることになった。
「これは、ギルドまで付き合ってもらったお礼です」
シェリーは冒険者ギルドを出たところで、炎王に一つの箱を渡す。両手に抱えるほどの箱だ。
炎王は何も言わず、その箱を受取る。いや、若干呆れ気味の表情をしていた。ここまで己の立場を堂々と利用する者など居なかったからだろう。
「素材の件はどうするつもりだ?春にお披露目するのであれば、今からでも遅いぐらいだろう?」
違った。素材をユーフィアに早めに渡した方がいいのではということだった。春にお披露目パーティーがあり、そこで各国の要人が集まるのであれば、年明け早々に起こった奇襲の情報を各国で共有すべきだと。あと三ヶ月しかないとなると、動くには遅いぐらいだと。
「ついでに第六師団長さんのところに寄って押し付けてきます」
「公爵にか。まぁ俺が心配することではないか。仕事となれば佐々木さんはき……」
「思い出した!ブルジョアだ!」
炎王が話しているところで、シェリーの背後からシュロスの叫び声が聞こえてきた。
「違います!高校生からやり直してください!」
その言葉にシェリーはズバッとぶった切る。それもシュロスに高校生からやり直すように言った。
「え?違うのか?」
「中学生からやり直してください。それから、カカシのように突っ立っているのがついてくる条件ですよ」
シュロスが何に対して思い出したと叫んだのか不明だが、違うことが理解できないシュロスに対して、更に中学生からやり直すようにシェリーは言う。そして、黙って立っているように再度言った。
「くくくっ。彼のことをどう扱うのかも、決めておいた方がいいだろうな。オリビアの番の者でないが、わかる者には危険だと感じるだろう」
見た目が人ではないところから知っている炎王だが、それでもわかるものにはシュロスの異常さがわかるだろうと、笑いながらシェリーに釘を差した。
特に今から第六師団長であるクストに会いに行くと言うのであれば、避けて通ることはできないと。
討伐戦経験者がシュロスを見て何も思わないことはないと。
「それでは俺は帰るよ。またな佐々木さん」
「ありがとうございました。炎王」
何かと呼び出されている炎王は、シェリーから今回の礼を受け取って、転移で国に帰っていった。
「さて、軍部に行きますので、シュロス王がついてくるのであれば、黙っていてください」
「佐々木さん。アレに乗りたい」
黙っているように言っているにも関わらず、シュロスはある一定の方を指して言っている。
そこにあったのは王都の第三層の区画を一周するように走っている列車だった。
「魔道列車に乗っても軍部には行けないので、乗りません」
「電車がある設定だったなんて知らなかったぞ!これは絶対に乗るべきだ!」
「だまれ!」
今にも列車が止まっている駅に突っ走りそうなシュロスに向けて、強い言葉を言い放つシェリー。
これは早々に炎王を帰してしまったのは失敗だったとシェリーは思い始めていた。しかし、流石に第一層に炎王を連れて入るわけにはいかない。
「シェリー。凍らせて引きずって行こう」
カイルがシュロスの右肩に手を置いて言う。それもカイルの手の周りには、白いキラキラしたものが舞っているように見えた。
「佐々木さんの彼氏容赦なさすぎ!肩がもう動かないし!」
シュロスの右肩はすでに凍っているようだ。それも元々鎧なので痛覚がないのか、凍っているという感覚ではなく、動かないとしかわからないようだ。
「はぁ、さっさと行きますよ。それから電気では動いていないので、列車と呼んでください」
「あいつは置いて行っていいってことだね。シェリー」
「電気で動いていないってことはディーゼルか!」
何故かシュロスに対して嫉妬心を向けるカイルと、地下から出てきて再びテンションが高くなっているシュロスにため息を吐きながら、シェリーは第二層に向かう大通りを歩き出した。
「私は素材提供者なので詳しいことは……別の変革者の人に聞いてください。ちなみに猛犬のツガイがいるので、近づくのは殺される覚悟をしてくださいね」
「その番って、ヤバいヤツって意味でいいのか?」
「そうですね」
シュロスの言葉にシェリーは適当に答える。いや、軍人としてのクストは、頼れる人物なのは間違いない。だが、番であるユーフィアのこととなると、過剰反応するという意味では同意する部分はあると言うことだ。
「佐々木さんの彼氏も攻撃的だもんなぁ。番ってヤバいヤツって意味だったのか」
シェリーの同意を示した言葉を、シュロスはおかしな方向に解釈したのだった。
番という言葉は危険人物という意味だと。




