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「ああ、お偉いさん設定な。なんて言うんだったかなぁ?」
だが、シュロスからすれば、ゲーム設定と認識されてしまった。
何かをうーんっと、考え始めたシュロスを、苦笑いを浮かべながら横目で見ている炎王は、オリビアの質問の答えを言う。
「流石にモルテ王とは面識はないが、ラース大公は良識のある御仁だ。どこの国も危険視する勇者を身の内に抱え込む器量がある。流石、五千年続いているラース公国の国主だと感じたな」
炎王は一度しか会っていないミゲルロディアを褒めた。
その言葉にオリビアは炎王に向かって頭を下げる。
「お答えいただき、ありがとうございます」
「納得していただけたようなので、私は広報部に行きます」
オリビアが炎王に礼を言っただけなので、納得はしていないと思われるが、シェリーはここには用はないと言わんばかりに踵を返す。
「ちょっと待て!次の依頼ぐらい受けていけ!」
「ちっ!」
ニールがシェリーに依頼を受けさせようと引き止める。それに舌打ちをするシェリー。
「この後に、ラース公国に行かなければならないので無理です」
行きたくないと言っていたシェリーだが、ラースに会いに行くつもりはあったようだ。
いや、そろそろ女神ナディアの堪忍袋の緒が切れそうなのを感じとったのかもしれない。いつまで待たせるのかと。
シェリーの言葉に、紫煙と共にため息を吐き出すニール。血縁上では大公ミゲルロディアの姪に当たるので、ラース公国に行くというシェリーを引き止めるわけにはいかない。
「はぁ。わかった。ではこれはどうだ」
依頼を受けないと言っているシェリーに、ニールは一枚の依頼書を差し出す。冒険者ギルドを出る気満々だったシェリーは、依頼書を見て引いていた足をカウンターに向けて一歩進めた。
「ドラゴンの瞳と幻視蝶の鱗粉ですか。この依頼はユーフィアさんからですか?」
「ナヴァル公爵夫人からだ」
ニールから先程自ら身分云々と言ったのだから、きちんと言うようにと言い直しをされた。
しかし、そんなニールの言葉をシェリーは無視して、腰の鞄からこぶし大の革袋を取り出す。
「幻視蝶の鱗粉です。ドラゴンの瞳は二つありますが、ここに出しますか?」
「数が足りん。もっと無いのか?」
依頼書には幻視蝶の鱗粉を三十匹分とドラゴンの瞳は八体分とある。
どれだけ駆逐する気だという数だが、それには理由がある。
「少し待ってください」
シェリーは白い板状の物を取り出す。その表面を上下に撫ぜて何かをしだした。
「え?スマホ?電波ってどうなっているんだ?うぉっ!」
シェリーの背後から、シュロスが興味津々に覗き込んだと思ったら、突然距離を取って『コェー』と叫んでいる。
「もしもし?ユーフィアさん?」
シェリーは隣でカイルが短剣を突き出しているにも関わらず、白い四角い板を耳元に当てて、普通にユーフィアと連絡を取っている。
「ええ。戻ってきましたが、聞きたいことがあります」
スピーカー機能を使っていないため、ユーフィアの声は聞こえない。だから、オリビアは興味津々でシェリーを見ており、ニールはまたおかしな行動を取り始めたと呆れている。
「ドラゴンの瞳は十六個もないのですが、ワイバーンであればあります。ええ、そうです昨年の春に襲来してきたワイバーンのモノです」
流石に八体のドラゴンを倒すというのは、一般の冒険者には難しい。そもそも絶対数が少なく遭遇率も低いのだ。だからドラゴンを討伐したと、素材が流れてくることはほぼ無い。
だが、ニールがシェリーに尋ねたように、シェリーはそれなりにドラゴンの素材を持っている。しかし流石に八体は多いようだ。
「はい……はい……わかりました。ワイバーンでいいのですね?それでは失礼します」
シェリーはそう言って、白い板を耳元から離し、ひと撫ぜしてから鞄の中にしまった。
「ユーフィアさんから、ワイバーンでいいと言われましたので、どこに出しますか?」
「おい、今のでナヴァル公爵夫人がワイバーンに変更すると立証はできないし、依頼物の変更は書類を通してしろ」
ニールが言っていることに、間違いはない。依頼した物と違う物が用意されたと、ユーフィアの使いから言われてしまえば、ギルドの信用を失うことになってしまう。
相手は大貴族であり、魔道具開発の功績者だ。
口約束だけで、取り決めできる相手ではないのだ。
「そうですか。では、幻視蝶の鱗粉のみの取引でいいです」
「緊急依頼なのだが?」
「知ってますよ。炎王発案の各国の首脳会議に使う魔道具ですから」
ニールのタバコの灰がポトリと落ちる。そしてシェリーが発案者だと口にした炎王に視線を向けたのだった。




