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「うーん。俺が言ってもいいのか?」
炎王はシェリーに確認するも、その判断を炎王に任せると言わんばかりに、シェリーは何も反応を示さない。
「俺としては、君たちに知る権利はないと言うしかない」
「そうでございますか」
「いや、変な意味ではなくて、正式に発表があるとすれば、聖女のお披露目のときだ。そうでなければ、一般的に知る必要がないということだ」
炎王がそういうほど、異様な気配を放っている者が要人ということが、二人に伝わったのだろう。
ニールは紫煙と共にイライラを吐き出すように大きく息を吐いた。
「聖女のお披露目?」
その聖女のお披露目のパーティーの主人公になるはずのシェリーが言葉を漏らす。まさか忘れていたとは言わないだろう。
「何か資料を渡されていましたね」
「パーティー内容の草案だ。中には招待される各国の要人も確認するようにとあったはずだが、まだ目を通していなかったのか?」
シェリーとしては、それどころではなかったので、今の今まで年明け早々に渡された資料のことなど忘れていたのだった。
「モルテ王を招待すると付け加えないといけません」
「は?モルテ王?モルテ王ってあのモルテ王じゃないよな?」
「それ以外にモルテ王がいるというのですか?」
ニールの戸惑いの声に、シェリーは呆れた視線を向ける。この四千年間、王をしてきたモノ以外にモルテ王は存在するのかと。
「これは今すぐサリーさんに言っておかないと。っということで、ダンジョンの調査依頼は完了でいいですよね」
「シェリー!!」
今すぐにでも騎士団広報部のサリーに、連絡を取るかのように切り上げようとするシェリー。それに対しニールはカウンターを叩きながら立ち上がる。
「モルテ王を招待するなど、常識の範囲ではないだろう!あの狂王だぞ!」
ニールの言葉にギルドの職員たちがざわめき出す。流石に千年も狂い続けているモルテ王だ。
シェリーに近況は報告されているにしても、四千年も一人の王が治め続けている国は、人の行き来がほぼない。そのため、噂話でしか情報を得ることができない。
そんなモルテ王を、各国の国主を招いた聖女お披露目パーティーに呼ぶなど、常識外れにも程があるということだろう。
そこにシュロスが追い打ちをかける言葉を口にする。
「ああ、死の王様な。ヤバい感じをビシビシ感じるよな」
ニールが人族とは疑わしいと思っているシュロスから言われたら、それは招待すべき存在ではないと余計に判断してしまう。
「それにラース公国からの貴賓もオーウィルディア様からミゲルロディア大公閣下に変更になりましたし、どちらにしろサリーさんのところには、いかないといけません」
この時点でニールは力なく座っていた椅子に腰を下ろし、頭が痛いと言わんばかりに、額に手を当てていた。
そう、不確かな情報でしかないが、ミゲルロディア大公が死んだとか魔人化したとかの情報が入ってきているのだ。
そのような者が、人が多くあつまる場所に現れるなど、会場に悲鳴が響き渡り、聖女お披露目パーティーをしている場合ではなくなる。
そしてニールは隣にいるオリビアを横目で見る。その視線だけでオリビアは心得たと頷き返した。
「初代様は、モルテ王とラース大公をどのように、お見受けられましたでしょうか?」
ニールの疑問をオリビアは正確に見抜き、炎王に質問した。流石、王太子妃であったというべきか。
しかし、ここで声を上げたのは炎王ではなかった。
「なぁ、なんでさっきから角が生えたねーちゃんが聞いているんだ?知りたいのはおっさんの方だろう?」
シュロスである。
実際の年齢からいけば、シュロスのほうがかなり年上なのだが、未だにゲームの世界だと思い込んでいるシュロスの心は止まったままだ。だからシュロスからみればニールはおっさんなのかもしれない。ただ、その声が異様に響き渡り、ギルド内の緊張感が増した。
「バカは黙って、カカシのように突っ立っていてください。それがついてくる約束でしたよね」
その緊張した空気をぶち壊すように、シェリーがシュロスに黙るように言った。そう、人外と言っていいシュロスを外に出すことに一悶着があったのだ。
見た目は人っぽくなったので、問題はないが、その行動とシュロスの持つ能力を危険視して、シェリーの屋敷に一人とどまるように言ったのだ。
だが、外を見てみたいとか、新しい水路を作るんだろうとか、今から魔道具の場所に行こうとか、駄々をこねだしたのだ。
確かに第三師団が管理する水を精製する魔道具を地下に戻すには、シュロスが必要だ。そのためシェリーはカカシの様に何も喋らず突っ立っているように言っていたのだった。
「でもさぁ。自分で言えよって思うじゃないか」
シュロスは言いたいことは自分で言えとニールに言っているのだ。隣りにいるオリビアに言わすなと。
「ではこう言い換えましょう。炎王は千年間一国を治めている国主です。私は別の国の国主の姪です。カイルさんは竜人の国の王子です。ただのシュロスさんは許可なく声をかけると、首が飛んでいきますよ」
紹介もされていないニールが、炎王に言葉をかけることは許されていない。
だが当の本人のニールは、お前がそれを言うのかと、呆れた視線をシェリーに向けるのだった。




