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「難しい質問だな」
炎王は苦笑いを浮かべながら、黒狼クロードと共に生きた者を見る。黒髪に赤い目。若き頃はその姿だけでも、周りのものから畏怖されたであろう姿だ。
だから余計に、繋がりというものが強固になっていったのだろう。
表にはクロードが立ち、裏側をイスラが制していく。そんな関係だ。
第一線を退いたからといっても、まだこの国の重鎮として存在することはできたのではないのか。
神の威に背くことはできなかったのか。
白き神を信仰していないイスラだこそ、そのような考えになったのだろう。
「基本的に白き神は、天罰を与えるということはしないだろうな」
「でしたら!」
白き神は己の威に背いても天罰を与えるということはしないだろう。基本的に面白ければいいという考え方だからだ。
「でもなぁ。俺達はそうはいかない。理由を探してしまうんだ。どうしてここにいるんだろうってな。いい例があのシュロスだ」
炎王はそう言ってシュロスを指し示した。今は陽子を前にして、持論を展開して、得意げになって説明している。その前で陽子の目は段々と座ってきていた。
恐らくシュロスの言葉に、それは無理というものじゃないのかと気がついてきたのだろう。
「理由か?この国を豊かにするでは駄目であったのか?」
「それもいいだろうが、あの神という鱗片に触れてしまえば、何か使命があるのではと思ってしまうのだ。それで生き足掻く。その先にたどり着いた答えに満足してしまえば、そこで終わりというわけだ」
「満足……あのような死が満足じゃと?」
「そこのシュロスは満足していない。まだ生き足掻いている。だから、メチャクチャな考えを口にできるんだろうな。絶対に物理を無視している構造じゃないか」
炎王はイスラと話をしながらでも、シュロスの言葉が聞こえていたようだ。その話の内容に遠い目をしている。
何をメチャクチャなことを言っているのだと。
「わしは納得できぬ。神が死を望んだからと言って、死ぬことはなかろうに」
その遠い目をしている炎王の側で、イスラは不満を口にしていた。何が満足だったのかイスラには理解できないと。
「佐々木さん」
そんなイスラを横目に炎王は、自分で用意したイスに座って紙に目を通しているシェリーを呼んだ。呼ばれたシェリーはどうしたのかと炎王に視線を向けた。
「なんですか?もう帰るとかいいませんよね。このあと、地下の治水湖にも行きますから」
「佐々木さん。俺をこき使いすぎじゃないのか?はぁ……。佐々木さんは黒狼が死ぬことを選んだ理由を知っているか?」
「いいではないですか、今回の報酬は陽子さんからもらってください」
「え!ササっち!陽子さんからなの!」
炎王のこき使いすぎという言葉に、シェリーはいつものことだと言い、今回の駄賃は陽子からもらうように言ったのだ。確かに呼び出したのは陽子なので、その流れは間違いはない。
陽子にスパイスが欲しいと言って呼び出されたからだ。
「陽子さん。いつももらっている薬草でいい。それで佐々木さん。さっきの質問の答えは持っているのか?」
「ええ、復讐ですよ」
「「復讐?」」
炎王とイスラの言葉が重なった。あのときその場に居なかったはずの陽子は、ウンウンと頷いている。シュロスはいきなり何の話になっているのかわからないという顔をしている。
「青狼族のほとんどを死地に向かわせて、戦いの中で死を与えたという復讐には、優しい死だと言っていましたね」
クロードは青狼族の矜持を持って死地に向かわせた。その結果、今現在、生きている青狼族は両手にも満たない。
突然クツクツという笑い声が室内に響いた。体育館という広い空間に響き渡っている。そして大きな笑い声に変わっていった。
「クロード。お前は命を賭けて、復讐をやり遂げたというのか。それならば、わしは納得できる。最後には己の我を通したということか。そういう個があるお前が、わしは羨ましかった」
そう言って、イスラの姿は空間に溶け込むように消えていった。
イスラはその答えに満足したようだ。友であるクロードの死は、己のわがままな復讐のためだったと。それならば、納得できると。
「さっきからあのおじいさんの存在を陽子さんは掴めないんだよね。見えるときと見えないときの違いってなんだろう?」
「そういう存在ってことだろう?」
「いや、シュピンネ族の種族の特性だからな」
「炎王のところにはシュピンネ族の隠密がいるそうですよ」
「隠密!それ面白そう!」
「面白くないから、シュピンネ族だけは怒らすなよ。面倒だからな」
「エンエンが暗殺されるから?」
「違う!」
再び姿を目視できなくなったイスラに対して、色々言っている変革者たちを不機嫌に見ている者がいる。
シェリーの側にいるカイルだ。
途中からカイルには理解できない言葉を理解し、盛り上がっている姿を見て苛ついているのだ。
「はっ!ササっち!次に行くんだよね!さぁさぁ竜の兄ちゃん!ササっちの手を引っ張って行くといいよ」
その不機嫌なカイルにいち早く陽子は気づいた。また凍らされてはならないと、先ほどシェリーが行くと言っていた場所に行くようにカイルを促すのだった。




