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隠されるようにある階段を降りていく。
降り立ったところは円状の広い空間だったが、四方向に道が存在していた。その両側には、集合住宅を思わせるような扉が並んでいる。おそらくここが、翼を持たない者たちが住んでいたところだろう。
だが、四方向に続く道があるが、そのうちの二つは土に埋もれてしまっており、先には行けそうにない。
残り二方向の内の一つの道にシュロスは進み始める。
長い廊下の中央には行き来しやすいようにか、黒狼クロードが言っていた平面移動するエスカレータがある。いわゆる動く歩道だ。
「一番広い部屋は、ここの突き当りの部屋だな」
その動く歩道で移動しているシュロスが説明している。人が集まれるような広い部屋は一つしかないようだ。
「これってヨーコさんのダンジョンにあるものと同じか?」
機嫌よく説明しているシュロスを無視して、カイルは陽子に質問している。陽子のダンジョンは色々ギミックが施されているが、正確には動く歩道ではない。
「ちょっと違うけど、移動させられるってことでは同じかな?」
そう、陽子のダンジョンでは床によって勝手に移動させられるというものがある。大きな括りでは同じかもしれない。
「これは本当に動くものであったのか?」
そこに気配を感じさせない声が聞こえてきた。イスラだ。
その言葉から以前クロードときたときには、この歩道は動かなかったようだ。
「それに上の公園は薄暗くて、闇の中の行動訓練に良かったのじゃがのぅ」
いや、そもそもここの機能が最低限しか起動していなかったのだろう。
「それはシュロス王がいるからでしょうね」
シェリーは一言で済ませてしまった。だが、正論だ。
全てがチートだと言っていいシュロスは、世界にも干渉してしまう。己が創ったものの再起動など、瞬きで済ませてしまうだろう。
移動距離としては五百メルほど進んだところで、動く歩道の終点となり、その先には両開きの扉がある。
それも重そうな金属の扉の引き戸だ。
「先ほどから思っていましたが、以前見た上の街と雰囲気が違いますね」
カイルに抱えられたままここまで来てしまったシェリーが疑問を口にする。確かに何処となく異世界の物を取り込んだような雰囲気だ。
「ん?地下は地下だけで生活が出来るようにしてあるからな」
答えのようで答えではない言葉が、シュロスからでてきた。それは先ほどの言葉から予想ができることだ。アーク族とは相容れない種族が住んでいたのだろうと。
「ここは広いから、人が集まるのにいいと思うぞ」
そう言いながらシュロスは両開きの引き戸を開け放った。
「あ、そういう感じね」
「既視感が酷い」
「普通、会議室にしません?」
転生者の三人が三者三様の反応を示す。謎の鼻歌を歌いながら開け放たれた扉の内側に入っていくシュロス。
そのシュロスについて入る陽子はある意味納得したように入っていき、炎王に至ってはため息を吐きながら中に入っていった。
そしてシェリーは、広くて人が集まれる場所と言えば会議室だろうとツッコミをいれている。
扉の向こう側に広がっている光景が、何か違うという感覚になっているのは、三人の共通点ではあった。
それは一言でいえば、体育館だ。天井が高く、そこから明るい光を放つライトの光が磨かれた床を照らしているのだ。
いや、思い返してみれば、シュロスはまだ高校生の時に、その生涯を閉じたと思われる言動をしていた。ならば、人がたくさん集まる場所と言うと体育館ということになってしまったのだろう。
一番奥には人の肩の高さほどの舞台があり、まさに学校という教育機関には併設されている建物の内装そのものだった。
そう、窓もある。その窓からも明るい光が入り込み、青い空が見えているのだ。この地下である場所でだ。
流石シュロスと言えばいいのだろうか。
そしてワックスが掛けられたような光沢感のある床の上には、机やイスが並べられ、その上や床には紙が散らばっている……が、朽ちて残骸と言っていい姿だった。
「ねぇ、討伐戦って三十年前だったよね。なんで、こんなにボロボロになっているの?」
陽子が言うように討伐戦が始まったのが三十年前。そして終結したのが、二十年前。その朽ちた姿はまるで、三十年間風雨にでもさらされたような姿だった。
だが、ここは地下だ。ここまでボロボロになるはずがない。
シェリーはカイルの腕から飛び降りて、床に散らばっている紙を拾い上げるも、掴むことすらできずに、バラバラっと崩れてしまった。
「なにこれ?」
まるで千年ぐらい放置された紙のようだ。この状況はどうみても普通ではない。
何かがおかしい。
内装はまるで新築のように綺麗な状態にも関わらず、クロードが持ち込んだと思われる物だけが異様に時間が経過したかのような状態なのだ。
あまりにも不自然すぎる光景に、誰もが唖然としているのだった。




