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光に目が慣れて飛び込んで来た光景は先程とは一変していた。
少し前までは暗く、陽子がダンジョン化したところのみ淡く光っており、それ以外が深い闇に包まれていた。
だが、今ある光景を一言でいれば、青い空間だった。
まるで空の中に浮いているような感覚に襲われる程の青。
ただよく見れば、同心円状に壁があることがわかり、その壁が上にも下にも続いていることがわかる。
シェリーは穴が空いたような空間をクロードたちが空けたものだと決めつけていたが、どうやら元々広い空間がここにはあったようだ。
そして下の方を見れば一部の壁が崩れており、そこからシェリーたちが入ってきたことがわかる。
「なんとこれは面妖な」
そこに先ほど別れたはずの声が割り込んでくる。気配を感じさせない老人の声の元をたどると、カイルの背後に立っているイスラが存在していた。
「なぜ、ここにいるのです?」
「フォッフォッフォッ。散歩じゃ散歩」
イスラはこの場においても散歩だと言い切る。そこに陽子の悲鳴がかぶさってきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!こっちの方が怖い!」
そう言って陽子は炎王の腕にしがみついている。何を陽子は叫んでいるのかと思い、シェリーが陽子に近づこうにもカイルに抱えられているため近づけない。
「カイルさん!いい加減に……」
降ろすように言おうとするとカイルは足を進め、エレベーターの中に入っていった。何がカイルの不安感を払拭したのか。
それはそこに立ってみればわかることだった。
「全面ガラス張り」
「正確にはガラスじゃないけどな」
先程まで円柱状の柱として存在していたエレベーターが、透明化して360度全周囲が見渡せるようになっていた。
「確かにこっちの方が怖い」
エレベーターというものは、箱型で壁に覆われているものが一般的という概念を持つ者からすれば、足場さえも透明化されると、逆に不安感が増すというものだ。
「足元だけは戻してよ!これ逆に落ちそうで怖い!」
陽子がシュロスに向かって悲鳴混じりの叫び声を上げる。炎王の腕をガシリと掴みながら、腰が引き気味になっていた。そんな陽子の姿が珍しいと、炎王はニヤニヤとした笑みを浮かべている。
「わがままだなぁ」
そう言いながらシュロスも中に入ってきて、床だけは白い床に置き換えた。
そして『扉が閉まります』という声がどこからともなく聞こえてくる。その声にもカイルはビクリと反応を示し、辺りを見渡す。
「こういうのは、自動で動くヤツにはよくあるぞ。ユールクスのダンジョンでもあるだろう?」
「あれはレイスの女性が言っていたのだろう?」
炎王がカイルの態度に含み笑いを抑えながらよくあることだという。
ユールクスのダンジョン。それは地下一階から地下五階までを往復する列車のことだ。それは自動アナウンスが流れる仕様になっている。
が、カイルはガイド役のレイスの女性が言っているものだと思っていたらしい。
「アリスの固定型転移門はアリスの声が流れるようになっているな」
「いや、それは知らない」
「ほほぅ。それは予言のエルフのことかのう?」
そこにシレッと混じってくる老人の声がある。気配を感じられない分、姿を認識しなければイスラの存在が確認できないのだ。
そして扉が閉じ、動いているのか動いていないのかわからない感覚に襲われる。浮遊感を微妙に感じるものの、周りの景色が空のような空間であるため、移動していると脳が認識しないのだ。
「へぇ。アリスのことを知っているのか?」
そんな中、炎王はイスラの言葉に興味を抱いた。この時代に黒のエルフのことを知っているなど、エルフ族ぐらいなものだろうと。
「わしは黒狼クロードの友であるからな。よく、愚痴を聞いておったものだ。己の死を示されていい気にはならぬであろう?」
「ああ、紅玉の君か」
「似合わぬ宛名じゃな」
「ねぇ。アリスっていう話でるけどさぁ。陽子さんのってあるのかなぁ。前からずっと気になっていたんだよね」
黒髪の二人が話しているところに、黒髪の陽子が話に混じる。
以前から気になっていた黒髪のエルフの少女の話だ。
変革者の為に、死しか未来が無くなったアリスが全てを費やして記した未来視。
するとこの場にいる黒髪の人物の視線が陽子に集中した。
「え?なに?」
「陽子さんって何って宛名されるんだろうな」
「聞くところによると、変わった宛名書きらしいのぅ」
「陽子さんらしい文言は見たことありませんね」
ダンジョンマスターである陽子はダンジョンから出られない。
黒のエルフのアリスは三千年前からあるダンジョンに未来視を刻みつけた。
どう考えても陽子自身がアリスの言葉を記したものを見ることは不可能に近い。
そう、陽子がアリスの言葉を己自身でみたいとなれば、三千年以上もダンジョンマスターを生業にしているものを倒し、ダンジョンを乗っ取るしか方法がないからだ。
それこそ陽子の方が返り討ちに遭うことだろう。
 




