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ガリガリなアイスを包むように描かれる球状の陣。それを目にしたものの反応はそれぞれ違っていた。
「ゲームっぽい」
「陽子さんの目に恐ろしいほど細かい線が密集しているように見えるけど、普通じゃないよね」
炎王は己自身が、魔術創造で魔術を使っているので、ある意味納得している。ゲーム感覚ではそんな感じだろうと。
だが、シェリーの後ろから見ていた陽子は、魔力を帯びた陣の線が複雑に絡み合って球状に見えているのが怖ろしいと言った。普通は脳内であそこまで細かく構築はできないと。
「エリザベート様の方がきれいでしたね」
シェリーは一度目にした大魔女エリザベートの陣の方がシンプルできれいだったと口にする。そして、その隣にいるカイルもシェリーに同意していた。
そしてオリバーと言えば、唖然としてその光景を目にしている。オリバーにすれば珍しいことだった。
シェリーが言っていた陣を球状にしていたというのは嘘ではないにしても、球状に見えなくもないという感じだと思っていたからだ。
陣を立体に湾曲させる。そんなことは一般常識としてはあり得ないことだ。
「本を書いていたヤツか?あれは天才っていう部類だ。究極に無駄を削ぎ落としたっていう変態の域だな」
「シュロス王に言われたくないと思います」
もう、人と言えなくなったシュロスにシェリーは言い返す。大魔女エリザベートも、神殺しのシュロスにだけには言われたくないだろうと。
「相変わらず、佐々木さんは俺に当たりが強くないか?」
「思考回路がぶっ飛んでいるので、それぐらいの対応でいいと思います」
「普通だろう?」
「「どこが!」」
シュロスの自分は一般人と何ら変わりがないという発言に対して、炎王と陽子が突っ込む。
どこを取っても普通という認識は持てないと。
その二人に心外だと言わんばかりの視線を向けながら、シュロスは元にいた場所に戻る。
そう、オリバーの隣の席だ。
そして、ダイニングテーブルの上に球状の陣で包んだガリガリのアイスを置く。
「これを見せてもらって良いか?」
「ん?いいぞ」
オリバーは信じられない物を見る視線を向けながらシュロスに声をかけた。
了承を受けたオリバーは恐る恐る球状になった陣を観察する。
「あ、これ持てるぞ」
そう言ってシュロスは球状の物体を持ち上げてオリバーに差し出した。
「陣が物質化しているのか?ありえない」
ただの魔力の塊で、術を発動させる媒体でしかない陣を、物質化する理由などない。いや、そもそもする必要がない。
「そうか?空間を切り取って中の空間に影響を与えているのなら、その空間を覆うものは必要だろう」
「そもそも空間を切り取ることはせぬ」
オリバーがシュロスの考えを否定する。空間を切り取ってまで施行する術とは、どれほど凶悪な術なのだという話になるからだ。
その二人の意見の違いに声を上げる者がいた。
「あ……空間を切り取るか……そうすれば、被害はそこまで大きくならなかった可能性が……」
炎王である。
もしかすると火山の島である炎国で凍った山がある理由につながるのかもしれない。
その炎王にお前もかという視線を投げつけるシェリーと陽子。
「あ、佐々木さん。そろそろお暇をさせてもらう」
なんだか居心地が悪くなった炎王は立ち上がって、自分の国に帰ろうとする。そこにシェリーは背後にいる陽子に視線を向けた。すると陽子は心得たと言わんばかりに頷く。
「エンエン。今から王城の地下探検にいこう!」
「うぉ!!背後から出てくるな!陽子さん。思わず手が出るだろう」
陽子は炎王を逃がすまいと背後から現れて炎王の肩を掴んだ。
「え?エンエンに殴られたら、陽子さん慰謝料を請求するよ。ダンジョンに影響を与え続けているエンエン料金も上乗せで」
「意味不明な料金をつけるな!それは種族の体質であって、俺が悪いわけじゃない!!」
龍人族は世界に影響を与え続ける種族だ。そして、小さな世界と言っても過言でないダンジョンではその影響も目に見えてわかってしまう。
炎王は自分の所為ではないと否定しているが、炎王以外ダンジョンに甚大な被害を及ぼしている存在はここには居ないので、炎王が悪いことは否定できない。
「それに俺は宴を抜け出してきたって言ったじゃないか!暇じゃねぇんだぞ」
「いいではないですか。ご隠居さま」
「うわぁ。トゲがある言い方しないでくれ、佐々木さん。凄く年寄りになった気分だ」
「大丈夫です。ここには炎王より年上の人物がいますから」
そのシェリーの言葉に炎王はそちらに視線を向ける。そしてその目を片手で覆って俯いてしまった。
「そもそも人じゃないし、何で肉体を構成しているか不明だし、カレーをぼとぼとこぼして食べている姿ってヤバいだろう」
「まぁ、むき出しの歯みたいなものしかありませんからね。普通でしょう」
シェリーは炎王の言葉にそうなるだろうと理解を示した。そう、人の口には唇というものがある。それがないとどうなるか。
ここに良い見本がいる。
興味津々で球状の物を手にとって、上や下から観察しているオリバーの横の存在だ。
カレーを食べるのにどうして溢れていくのだろうと、首を捻っているシュロスの姿がそこにはあったのだった。




