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シェリーは落ち込んでいるシュロスに、本当に食べれるかどうかわからないカレーを出し、陽子の隣の席に向かおうとして、カイルに捕まって元の位置に戻ってきた。
そして、シェリーは本題を口にする。
「大魔女エリザベート様の魔導書はどうだった?」
いや、オリバーにエリザベートが書き記した書物の感想を聞いた。
「素晴らしい。だが、理解できないところがいくつかあるゆえ、調べて行かねばならぬと思っていたところだ」
やはり、魔導師長として身を置いていたオリバーでさえ、大魔女エリザベートの魔導書を理解するには至らなかったようだ。
「それは初歩の物って聞いている。あと百冊はある」
「なに!そんなにもあるのか!それも、これが初歩。俺の知識など、赤子同然ということか」
オリバーは食い気味で聞いてくる。オリバーとしては、珍しいことだ。いや、魔術に関することには意欲的だということだ。
「オリバー。術を発動させるのに魔術の陣はいくつ展開する?」
「何を言っている。一つに決まっているであろう?」
オリバーの認識は陣は一つしか使わない。それが常識。
「モルテ王は複数の陣を展開して、一つの術を発動していた。そしてエリザベート様は陣を立体に組んで術を発動していた。陣形術式が主流だった時代の人からすれば、今の陣形術式は劣化しているのだと思うよ」
シェリーの言葉にオリバーは雷にでも打たれたかのように固まってしまった。そしてわなわなと震えている。
「それで、陣形術式の基礎を構築したのが、そこのシュロス王。普通ではわからない細かい設定を組んでいる。聞けば答えてくれるから、好きに使っていいよ。だから、面倒をみてくれない?」
いや、これはシュロスをオリバーに押し付ける話だった。
オリバーにシュロスから必要な知識を引き出していいから、行動の監視をしろと言っているのだ。
「普通ではわからない細かい設定……」
「どうも線の太さとか長さでも色々変わってくるらしい」
するとオリバーは手に持っていた本のページを慌ててめくりだす。そして、古びた本を開いたまま突然立ち上がった。
「まさかこれがそういう意味なのか!」
大魔女エリザベートの書にはそれらしきものが書かれてあるようだ。さすが女神ナディアの愛子の加護を与えられたと言えばいいのか、何も残されていなかったシュロスの陣形術式の設定を読み解いていた。
これは現存する最古の魔導書であり、完璧な魔導書なのかもしれない。
「シュロスというモノ。広い地下室を与えるからここに住まうといい」
オリバーがここで住まうことを了承した。広い地下室ということは己の部屋の近くに別の部屋があるということなのだろう。
表に出せない存在になってしまったから、オリバーの言葉にも理解ができるものだ。
だが、その言葉に悲鳴を上げる者がいる。
陽子だ。
「いやぁぁぁぁぁ!それってダンジョンの地下って言わないよね。だってこの下には大魔導師様の部屋しか無いもの!」
この下。屋敷の地下という意味だろう。
その言葉にオリバーは陽子に視線を向ける。何をくだらないことを言っているのかと言わんばかりの目だ。
「このようなモノを表には出せぬ。地下ならいくらでもスペースはある。それに王城の地下もダンジョンを広げるにはいい機会であろう?」
王城の地下。いやそれは既に陽子は領域を広げている。そこから情報を得ているような内容を口走っていたので、王城の地下は既にダンジョンのはずだ。
「ま……まさか。硬い岩盤の先ってこと?あっち側は得体が知れなさすぎて、陽子さんはそっち側の崩れた壁は封じちゃったよ」
「アーク族の遺産だ。そこのシュロスというモノなら開けられるだろう?」
その言葉にシェリーは、自分のことを言われているとノロノロと顔を上げたシュロスに視線をむけた。
「黒狼クロードが言っていた。近代的な地下施設!第0部隊の何かが残されている可能性がある」
確かにクロードは話していた。
師団として使っていた建物は地上にはなく、地下にある黒いカード型の魔力登録装置を用いて開閉するアーク族の遺産。
「シュロス王!それを食べたら地下に行きましょう!空島の構造物がある場所が近くにあるのです!」
「ああ、それはなんとなく感じていた。動力の魔力を感じるなって……ふーん。竜族と戦って以降、強固な結界を張っていたのに、経年劣化でもしたのか?」
この結界とは、これもクロードが言っていた結界だろう。しかし、これは第一層と第二層の話だったはずだ。
いや、クロードが第一層はなんとか機能していたが、第二層では起動していなかったと言っていた。
そもそも第二層までしか空島がなかったとすれば、シュロスの言葉にも納得できる。
結界で空島を覆っていたが、そもそもが現在の第二層までの大きさだったと。
「シェリー。ナディア様が神界から睨んでおるが、よいのか?」
オリバーが、女神ナディアが催促のように神界から覗き見ていると教えてきたのだった。




