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「へー。それはまるで邪神の力を取り込んで、力に呑まれてしまった感じだな」
モルテ王の言葉を聞いたシュロスの感想だ。白い細身の甲冑が腕を組んで、ウンウンと自分の出した答えに満足している。
そのシュロスをシェリーはジト目で見ている。この世界の根幹に関わっていると言っていいシュロスだ。人の肉体が変質するゲーム要素を取り入れていたとしてもおかしくはない。
「しかし、頭部が無いっていうのが致命的じゃないのか?どうやって物を見ているのだろう?赤外線とか?それとも別の器官が役目をしている?」
どうも頭部がないことが生物として成り立っていないと、首を傾げている。強いて言うのなら原生生物のようなものであるなら、頭部がない構造でも不思議ではないだろう。
「でもなぁ、大抵のモノは首を落とせば死ぬじゃないか。それはまるで呪いのようだな」
「呪いか」
「例えば、生贄として首を落とすとするだろう?」
そう言って、中身が怪しいモヤがつまっている甲冑が、自分の首元に手刀を当てる。言っている本人の首を切り落としたとしても、死なない存在がだ。
「その身体を呪いで変質させているみたいじゃないか」
「とある蛇人から、生きている人から次元の悪魔の匂いがすると言われましたが?」
シェリーが馬鹿を見るような目でシュロスを見ながらいう。それをシェリーに伝えたのは第五師団長のヒューレクレトだ。ただ、彼の直感は侮れないところがある。
「蛇人かぁ。そうか……そうなるとなんだ?その一族が生き残っていたということになるな」
「それはない」
「普通の人族です」
シュロスの言葉はモルテ王とシェリーから否定される。モルテ王が言い切ったのはきっとその部族を根絶やしにした根拠というものがあるのだろう。
しかし、シュロスは蛇人というシェリーの言葉から蛇人が言ったのであれば、そうなのだろうという納得を示した。空島にはアーク族しか住んでいないだろうに、それはまるで蛇人がどういう性質を持つかわかっているようだった。
「うーん。神の血というのは比喩だと思うんだよなぁ。だって神を切っても血なんて出てこなかったからな」
これはシュロスにしか出せない言葉だ。神殺しをしたシュロス。神を殺すことによって力を手に入れたアーク族の王。
その言葉になんとも言えない視線がシュロスに突き刺さる。だが、本人はそんなことはどうでもいいのか、金属の手の指をすり合わせるように弾いた。
普通であればパチンと鳴るだろうが、指が当たった甲高い金属の音しか鳴らない。
「わかった!神を殺しても普通は霧散するだけなんだが、時々ドロっとした粘液っぽいやつに変わるのがいた。それのことか!なんかヘドロっぽくって気持ち悪いから、空島から何度か落としたことがあったな」
「犯人はお前か!」
何度目だろうか。シェリーはカイルの手を振り切って、シュロスの膝関節を足蹴にする。ギリギリと……いや今度は誰の耳にも聞こえるほどミシミシと鳴っている。
あながちシュロスが言っていた邪神ということに間違いはなかった。シュロスに殺された神の成れの果てが、悪心のように心の具現化をし悪神に成ったのではないのか。
ただ、これは状況的に推測されることなので、真実かどうかはわからない。しかし、核と呼ばれる物を浄化しなければ解決にはいたらない点は、悪心の塊と同じだと言えた。
「犯人って酷いなぁ」
「シェリー、そいつに構う必要はないよ」
「佐々木さんの彼氏は、もう少し寛大な心を持つべきじゃないのか?」
再びカイルに引き剥がされたシェリーは大きくため息を吐く。恐らく聖女の使命である浄化の中には、シュロスに殺されたことにより悪心と化した神の成れの果ても浄化しろということだったのだろう。
だが、そうなってくるとシュロスの言葉から、黒いヘドロのような物体に成り下がった神は一柱、二柱という数ではないだろう。
シュロスのレベルは超越者クラスだ。そこに至るまでにどれほどの神々を殺してきたことだろうか。想像しがたい。
「一つ思ったのですが」
そこにレガートスが発言する。そして、本棚を横目で見ながら移動し、目的の物を見つけたのか、一冊の本を抜き取った。
「ここに魔道生物の作り方という書があるのです」
魔道生物。魔導師を志す者であるなら一度は試してみようとする魔道生物だ。しかし、現在その魔道生物の存在が一般的に見られないことから、誰しも途中で挫折したことが予想できる。
「この書によりますと、その元となる生物より大きな質量のモノは作れないとあります」
書かれている言葉には納得できる。本来の生物より巨大化するには何か別の要因が必要だということだ。
だが、驚くことはそこではない。レガートスがこの書庫にある内容を全て把握している点だ。
確かに時間は膨大にあっただろう。しかし、書庫いっぱいにある魔女の遺産を記憶するなど、普通では到底できないことだった。




