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「その黒の姫の結末はご存知ですか?」
シェリーはその黒の姫という存在がアリスかどうか確かめるために、レガートスに尋ねる。その者の最後はどのような死を迎えたのかと。
「次の王となった者から聞いたところによりますと、処刑されたようですね」
レガートスは皮肉めいた笑みを浮かべながら答えた。それは、処刑された黒の姫を嘲笑っているのだろうか。
「エルフ族が勢力を伸ばしたのは、猛将プラエフェクト将軍の力だと言われていますが、黒の姫の力がなければ、あそこまで一気に支配地域を広げられなかったでしょう。我々でも北側の諸国を制することで満足していたぐらいですからね」
レガートスが嘲笑っていたのは、黒の姫という存在を処刑したエルフ族に対してだった。
「とは言っても、流石に神が住まう国には敵いませんでしたが」
この五千年間、女神ナディアが守護するラース公国は他国に蹂躙されずに存在し続けている。逆に言えば、それ以外の地域はカウサ神教国に支配されていたとも言えた。
だが、それは大陸の北側だけの話。
「この転移陣からみれば、なんとも拙い転移門でしたが、固定化すれば、どれだけでも軍を遠くに送り込めるという利点は、小国にとっては脅威だったでしょうね」
ここでレガートスはおかしなことを口にしたことに、シェリーは気がついた。それは以前、説明を受けていたこととは別のことを、レガートスが口にしていたからだ。
「転移門の移動人数は決まっていたはずです」
「おや?私が知っている転移門の陣は、人数制限などありませんよ」
レガートスはそんなはずはないと、不思議そうな顔をしている。
だが、シェリーが持っている転移門の情報は一度に五人までしか転移できないことだった。そして転移門のメリットといえば、知らないところに転移ができることのみだった。
ただ、先程言っていたレガートスの言葉は大量に魔力を消費するという欠点を貶していたというだけで、転移できる人数は示されてはいなかったのも事実。
「この城の中にも転移門があるが、人数制限はされてはいない」
そこにモルテ王が城の中にも転移門があると言ってきた。
よくエルフ族が使う転移門を城の中に設置しようと思ったことだと、シェリーは驚いている。
しかしこのことが、完成していた転移門を後からアリスが触ったのではないのかと予想できた。
白き神に意趣返しをするためにユールクスを神に仕立てようとしたぐらいだ。アリスであれば、それぐらいやりかねない。そして流石に他国の城に侵入してまでは、変更しなかったのだろうと。
「その転移門っていうヤツを見てみたい!」
モルテ王の言葉に反応したのが、シュロスだ。恐らくシュロスでは、転移という概念を作りきれなかったのだろう。
いや、シュロスは魔術の研究者ではなく、多種多様なことを改革していっていたため、一つのことに取り組むことが無かったと思われた。
いつもなら、そのシュロスの言葉をぶった切るシェリーだが、何やら考えるような素振りをしている。そして、シェリーは視線をモルテ王に向けた。
「例えば、その転移門は簡単に人数制限をできるようなものですか?」
「人数制限する意味がないように思えるが、できなくもないだろう」
できなくはない。その言葉にシェリーは納得したような表情をした。
「では出口を特定の人に固定することはできますか?」
「出口を人に?めちゃくちゃなことを言うな黒の聖女は、人は出口になりえない」
モルテ王は言い切った。移動する人を目掛けて転移することはできないと。
だが、シュロスは違っていた。
「佐々木さん。それ面白い!ようは印をつければいいってことだな。可能だろうな」
モルテ王は人の近くで転移が発動した場合の危険性を考慮して否定した。だが、シュロスは可能と言葉にしたのだ。
流石、人を魔道兵に変えたシュロスだ。人というものを考慮しなければ可能だと。
「では、出口に指定した人の魔力を使っての転移門の維持はどうですか?」
「んー?俺はその陣を見ていないからなんとも言えないが、発動条件に入れれば可能だろうな」
「ちょっと待て、黒の聖女。あまりにも具体的に尋ねているが、そんなことをしようと考えているのか?」
非人道的なことを口にしているシェリーをモルテ王が止める。そんな考えは持つものではないと。
だがその言葉にシェリーではなく、カイルが怒ったように返した。
「シェリーがそんなことをするはずないだろう!やったのはマルス帝国だ!」
「佐々木さんの彼氏、沸点低っ!」
シュロスの言葉に、カイルは視線だけで威圧する。
元はと言えばシェリーと話をしていたところにシュロスが割り込んできたことで、カイルは苛ついていた。そこに、モルテ王とレガートスがやってきて、シェリーと仲良く話していることに、更に苛立ちが募っていたのだった。
実はカイルは番であるシェリーに近づくシュロスを威圧していたが、戦うことをしてこなかったからか、シュロスはカイルの威圧に無反応だったのだ。
それがカイルにとっては一番癪に障っていたのだった。
「シェリー。その鎧。破壊してもいいよね。すごく邪魔だし」
「カイルさん。馬鹿は馬鹿なりにつかえます」
「佐々木さんが酷い」




