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「……神さんが『それでよい』って言うから」
「その前の話をしてください」
シェリーは神の言葉は、信用にならないことは十分に理解している。だから事細かな流れを聞き出した。
「月に1度。神さんを呼び出して声を聞く儀式をしているんだ」
この時点で怪しさ満点だった。定期的に神の声を聞く儀式。そんなもの白き神が応えるはずもない。
「神さんに、国の行く先を聞いているんだ」
「で?」
シェリーの聞き方も投げやりになってきている。呆れ具合が半端ないという感じがありありと見て取れた。
「俺の国の凄さを見せつけるには、どうしたらいいのか聞いたんだ。そうしたら『強くなればいい』『戦え』『剣を持て』と言われた」
「はぁ、それ恐らく獣王神と武神と剣神です」
「え?」
シェリーが上げた名前は戦う加護を与える神々だ。凄さを見せつけるという言葉に、神々の加護が欲しければ、それなりの力を示せと解釈ができた。
だが、シュロスは神々から加護をもらえることを知らないため、神言をただの言葉としか捉えていなかった。
「ですから、こう願うこともできます」
シェリーはそう言って、白き翼を背負った者たちが何かに祈りを捧げている地に降り立った。
「天空神シエロ様。この空に起こっている争いを収めることを願います。対価は争いの火種になりかねないキラキラした城です。あと島の飛行機能は残してください」
すると爆風が吹き荒れ、街が燃えている空に強風が吹きつけた。
『あれ?僕がキラキラしたものが好きだって知っていた?』
「ええ、そして私からはこれを」
子どものような声が、不思議そうにシェリーに聞いてきた。しかし、シェリーからすれば、幼い頃に天空神シエロから加護をもらい受ける時に、己の趣味の話をしたいだけして、去っていった天空神だ。知っているのは当たり前だった。
そしてシェリーはいつも付けている腰の鞄から、青色の魔石を空に向かって投げた。
普通であれば重力には敵わず、地面に落ちてくるのだが、シェリーが投げた青い色の魔石は空に消えていった。
それと同時に街で燃えていた炎も消え去り、空中戦を戦っていた竜人たちの姿も消えていたのだった。
「うおぉぉぉ!俺のエスペリンガーがなくなっている!」
シュロスの言葉にシェリーが振り向けば、高台の上にあった青いガラスの城もなくなっていた。しかしエスペリンガーとは変形型のロボットの名前なのだろうか。
「だっさ」
思わずシェリーの口から出ていた。そしてシェリーは最終兵器のロボットを失って騒いているシュロスを背に、歩みを進める。アーク族から居心地の悪い視線を受けているので、その足の進みも自然と早くなっている。
それはそうだ。神に願い、その神が目の前の人物に応えたのだ。
それは神にも等しい存在だと。
その視線に耐えかねないシェリーは、地面を蹴り、火が消え黒ずんだ残骸が残っている街の中を駆け出した。
「あー!また何処かに消えるのかぁー!聖女って神出鬼没だな」
シェリーの背後から失礼な物言いの声が響いてきたが、それを無視してシェリーは空島の端までやってきた。そして躊躇することなく、シェリーは空島から飛び降りる。もう一時でもここには居たくないというように。
*
「シュロス王。先程の方は?」
叫んでいるシュロスに、一人のアーク族の男性が声を掛けた。その目は期待が膨らんでいるようにキラキラしている。
「うむ。聖女だ」
シェリーの前ではゲーム脳丸出しのシュロスだったが、アーク族の前では王としての体裁を保っているようだ。
「そのセイジョとは、どの様なものなのでしょうか?無知な我々に、王の知識をお分けくださいませ」
そう言ってアーク族の男性は地面に跪き、頭を下げた。いや、その男性だけでなく、ここに集まっている全てにアーク族がシュロスに向かって頭を下げていた。
「聖女とは……聖女とは……あーなんだ……聖なる力を持った者だ。例えば浄化したりだな、あっ!神の声を聞くことができる!」
ゲーム脳の割には、シュロスの答えは適当だった。しかし、ここで頭を下げているアーク族にとって、そんなものどうでもよかった。
王に新たな知識を与えられた。それがここに住む者たちの特権だ。他のアーク族とは違うと、彼らを増長させるものとなるのだ。
「あの……もう一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
別のアーク族の者が、シュロスに声を掛けた。
「なんだ?」
「その聖女様は聖なる蒼き城から出てこられたのですが、今までそこにお住まいだったということなのでしょうか?」
「ん?まぁ、そうだ」
かなり適当なシュロスだった。しかしシュロスの中ではシェリーはNPC(ノンプレイヤーキャラクター)なので、そうなのだろうと納得する。
「聖女様もお住まいだった聖なる蒼き城がなくなった、このエスペリンガー島はどうなってしまうのでしょうか?」
「ん?別にどうにもならないだろう。俺がここにいる。それが全てだ」
「そうでございましたね。シュロス王が居てくださるかぎり、我々はこの地に」
アーク族の者たちは更に深く頭を下げる。ただシュロスは青く澄み渡った空を見上げていた。
「またエンディングじゃなかった」




