656
「教会の扉を開けると、私が死んだときの状況が再現されていたのよ……はぁ。ラフテリアが私の転移に付いてきたのだけどね。いいえ、きっかけはマリートゥヴァだったのだけど」
「ちょっとよくわからないのですが、それはどの時点でのことですか?」
マリートゥヴァが出てきたということは、カウサ国の民の虐殺が行われた後のことなのだろうか。
「マリーがラフテリアの大陸に送られてきた時のすぐ後のことね。もう、暴れて大変だったから、ロビンが一度そのまま元のところに送り返した方がいいと思うけど、誰かわからないと言っていたから、私が教えてあげたの。カウサ神教国の王太子妃だってね」
マリートゥヴァがラフテリア大陸に送られてきたときということは、マリートゥヴァが全ては第二王子が仕組んだことだったという真実を知ったときのことだろう。そして魔人マリートゥヴァとなった直後の話だ。
「カウサ神教国の王太子と王太子妃は『つがい』だと有名で、絵姿も出回っていたから、容姿は知っていたのよ」
これは布教の一種として王太子と王太子妃の仲の良さをアピールするためのプロパガンダだったのだろう。
「だから、暴れるマリーを連れてカウサ神教国に転移したのよ。その転移にラフテリアが滑り込んできてね。暴れるマリーと一緒にラフテリアが着いた瞬間に消えてしまったのよ」
これはもしかして、カウサ共和国の死のない死の始まりの話だ。その場に大魔女エリザベートもいたようだ。
シェリーが聞いていたのは、ラフテリアからとマリートゥヴァからだったので「暴れちゃった」でその辺りは終わっていた。
「あちらこちらから、悲鳴が聞こえるのは、仕方がないと思ったから放置したわ。だって、人の欲で『つがい』同士を引き剥がしたのなら、それ相応の怒りは持つわよね。まぁ、私にはよくわからない感覚だけれども」
世界の楔から解き放たれた大魔女には、シェリーと同じく、番という存在に縛られる感覚はわからない。
「ラフテリアを探そうにもどこに行ったか、わからなかったからね。私が殺された教会に行こう思ったの。私と共にいた大公閣下がどうなったか気になっていたの。あ、私と同じく殺されたことはわかっているわ。ただ、遺品が残されているか気になったのよ」
エリザベートが生き残ったのは……生き返ったのは、婚約者の『守りまじない』が施された物を持っており、それが身代わりになってくれたのだ。大公閣下が同じものを持っていたとは思えない。それは婚約者の重苦しい愛情で作り上げた『守り石』だったのだ。
「それで教会に行って、扉の中は死体で満たされていたのよ。祭壇前にラフテリアがいる姿を見て、私は一瞬過去に戻ってしまったのかと思ってしまったわ」
ラフテリアは全てが許せなかったのだろう。ロビンに死を与えたカウサ神教国の全てを。
「でもラフテリアがロビンを私に渡してきてね。ちょっと遊んでくるってまた消えてしまったのよ。その後は知っていると思うけど、ラフテリアとマリーとで虐殺が始まったのよ」
これはラフテリアとロビンと面識があれば、知っていて当然だろうという意味だ。
「ラフテリアが消えたと思ったのは、ロビンの身体を探しに行っていたのよ。朽ちて骨と肉と皮だけになった身体を、地下から教会の祭壇前まで持ってきていたのよ。あの時、腐っていて持ってこれなかったと、騎士が言っていたから、予想はできていたけれど、よく運べたわねという状態だったわ」
ここでロビンの身体の話が出てきた。しかし、エリザベートの話と現実とでは乖離がある。エリザベートの腕の中には首だけのロビンが存在し、朽ちたロビンの身体がある。
モルテ王が存在するきっかけが皆無なのだ。
「首は生きているのだから、身体を元の状態にまで再生したのよ。血が通っている状態ね。それで首をくっつけようとしたら、くっつかないのよ。身体は再生できたのに、首の切り口が治らないのよ」
流石、魔女と言うべきか、朽ちた肉体でも生きた人と変わらないぐらいに再生できたのだ。ただ、生きているロビンの首と死した肉体の傷の再生が行われない。年単位で放置された肉体を再生したのであれば、頭と胴はくっつくはず。
「どうも、隷属の術が邪魔をしているようだったのよ。聖女に隷属するように縛られたのは首だけのロビンだったから、肉体があるロビンじゃないと、私の治癒の魔術が跳返されていたのよ」
それはロビンの首に一周するようにある茨の痣のこと。これは聖人に隷属し強制的に従わせる術だ。その術が強力過ぎたというのだ。『聖者への隷属の茨』は白き神から選ばれた聖人を隷属させるのだ。この術には神の介入もされているということだ。まだ、世界の為に生きろという威だ。
ラフテリアを制御するためのロビンのように。
シェリーの守護者のオリバーのように。




