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「『亡者招来』」
シェリーは世界の記憶から大魔女エリザベートを召喚する。エリザベート・ラースを。
空間を滑るように赤い髪が舞う。象徴的な真っ赤なドレスをまとい、四角い赤い旅行カバンの上に腰を下ろし、ここにいる者たちを見下すように姿を現したのは、大魔女と言われたエリザベートだ。
「あら?あら?あら?」
そんな大魔女は何か困惑したように、あちらこちらに視線を向けている。そして、旅行カバンに腰掛けたまま、一気に降下してラフテリアとロビン側に近づくエリザベート。
「ロビン。貴方、その姿はどうしたの?まるで魔人……でも違う。魔人の力を持っているのに神気を帯びているわ。なんて研究しがいがあるのかしら!」
魔女という存在の考えは人とはズレているようだ。普通であれば知人に会えば、挨拶ぐらいするべきだろう。
「エリザベート。久しぶりって言えばいいのかな?」
「エリー!またキラキラ見せて!」
いや、常識があるのはロビンだけで、魔女と魔人の間では挨拶など不要なのだろう。
「これはどの神かしら?知らない神気ね。私が研究を怠っている間に新たな神でも生まれたのかしら?」
「エリー!ロビンは神さまから体をもらったんだよ。私のことを神さまは見てくれていたんだよ」
ラフテリアは白き神から見捨てられていなかったことに全身で喜びを表すように、ぴょんぴょん跳ねている。
「そう。ラフテリアが言う神さまは主神のことね。ロビン。良かったじゃない。これで貴方は念願だった剣を使える体を手にいれたわけね。私の研究では神の力に干渉することはできなかったもの」
「そうだね。それもそこにいるシェリーちゃんのお陰だよ」
ロビンに名を呼ばれた存在を、エリザベートは振り返って視界にいれた。その表情にはなんとも言えない心情が浮かんでいる。
「いつも容赦なく私を殺すラースの娘ね」
「前回は猛将プラエフェクト将軍でしたよ」
「ラースの娘が操ったことには変わりないでしょ!本当にあの脳筋馬鹿にやられるこっちの身にもなって欲しいわ」
エリザベートの中では猛将プラエフェクト将軍は脳筋馬鹿のようだ。
「で、今回は何の用でこんなところに喚び出したのかしら?」
こんなところ。エリザベートとしてはよく知ったところだろう。幾度となく訪れた場所だろうから。
「この空島を出入りするための、黒い板状の魔力登録する魔道具があったと思うのですが、知りませんか?」
「黒い板状?……知らないわ」
エリザベートの記憶にはないらしい。そして、天井を見上げシェリーに視線を戻す。
「でもこの空島は戦島だから、大した施設は無いわよ?」
「セントウとは?」
エリザベートの言葉にシェリーは繰り返す。初めて聞く言葉だと。
「戦う為の島ね。人が住まう居住島の周りにはあるわよ?」
戦う為の島ということは、人が住まう島を守る役目があるのだろう。その昔、空の覇権を争っていた名残が、今も残っていると思っていいのだろうか。
シェリーはふと思い出した言葉を口にする。
「ラフィエルとダリエルは何ですか?」
これは以前、スーウェンが言っていた島の名前だ。するとエリザベートは懐かしい物を見たときのように目を細めた。
「ラフィエルはね。いい素材がいっぱいあるのよ。羽虫がうるさいけど、黙らせれば素材の宝庫よ。だからダリエルの目を盗むためには夜が良いわよ。魔導兵が居なくなったから戦力は激減。あいつら馬鹿だから自分たちの視力で侵入者を見つけることしかできないのよ」
エリザベートの言葉にシェリーは考える。やはり魔女の考えは独特であり、普通の返答ではなかった。
「要はダリエルは戦島ですが、夜には機能していない。ラフィエルが居住島で夜でも見回りがいるということですね」
「そうね」
エリザベートはやはり空島の情報を持っていた。それもとても詳しい。普通は居住島と戦島があるとは知らないし、わからない。スーウェンからそのような情報が出てこなかったようにだ。
「空島の情報が欲しいのです。今の現状は何も起こっていませんが、既に事は動き始めているのです」
「あら?アーク族とヤり合うつもり?良いわねぇ。とことんヤるといいわよ」
流石、空島を落としたことがあるエリザベートはアーク族に良い印象を持っていないようだ。
そして、エリザベートはパチンと指を鳴らす。すると風景が一変し木材の匂いが香る部屋に5人は立っていた。転移だ。それも転移陣を使わない転移。
大魔女と言われていたのは伊達ではないということだ。魔術が発動した痕跡もなければ、転移をした違和感も感じられなかったのだ。
ただ、周りの風景が変わった。それだけだった。そう、木材で作られた素朴な部屋、ラフテリアとロビンが暮らしている建物と同じような作りの部屋だった。
 




