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「とは言っても、僕の記憶にはないから、ラフテリアとエリザベートから話を聞いただけだけどね。あ、食べてね。昨日採ってきたばかりの果物だから美味しいよ」
ロビンに記憶はない。それは当然のこと。ロビンは殺され、ラフテリアが魔人化する引き金となったのだから。それから、シェリーとカイルに溶ける前に凍った果物を食べるように促す。
「ラフテリアの話は一度、シェリーちゃんにしたから知っていると思うけど、エリザベートの話はしていなかったよね」
ロビンの言葉にシェリーは頷く。そして、耳を傾けながら、凍った甘酸っぱい果物を口にした。
ロビンの話は歴史から消された、初代聖女にして初代魔人ラフテリアの話だ。
ただ、そこに大魔女エリザベートが絡んでいるとは聞いてはいなかった。
「エリザベートは赤き女神の愛し子として、ラース公国では使徒的な扱いで、ただ一人以外からは大切にされてきたんだって」
「ただ一人以外?」
「婚約者のアレク。エリザベートが言うには、自分を無能扱いして自分の努力を認めてくれなかったんだってさ」
世間では大魔女エリザベートとは、恐怖の対象であり、三千年間生きた魔女であり、偉大なる魔導師という印象が強い。そのエリザベートが無能扱いとはどういうことだったのだろうか。
「リアのお披露目の招待状が届いたため、敵国に赴くことになったんだって。ラース公国として女神の愛し子であるエリザベートを連れていくことで、牽制する意味合いがあったらしい」
これはラース公国が敵国カウサ神教国に対して、屈したのではなく、堂々と参加をして自分たちの立場を見せつけるためだったようだ。ラース公国は何者にも屈しないという意だ。
「で、そんな婚約者も敵国に行くことを懸念して、エリザベートに守り石を渡したらしい。エリザベートが言うには、恐らく十年ぐらいの歳月を掛けないと作れないような強力な守り石だったって」
婚約者のアレクという者は、無能と貶しているエリザベートに、十年もの歳月を掛けて守り石を作るものなのだろうか。
「それで僕が殺されてリアが魔人になった。そこで招待されていた各国の要人がリアによって虐殺されたんだよ」
にこにことした笑顔で何事もないように、虐殺という言葉を言っているロビンの心の内は清々したという雰囲気をまとっている。きっとカウサ神教国での扱いが相当悪かったと思われた。
「エリザベートが言うには、もうパニックだったって、教会の出口に押し寄せる人に押しつぶされ、前にも後ろにも進めず、後ろ側はリアに殺される人の悲鳴が近づいてくるのが、恐怖だったって」
「怖いですね」
シェリーはロビンの言葉に相槌を打つ。怖いというのは、魔人ラフテリアが笑いながら虐殺し近づいてくる風景を想像してしまったからだ。
しかし、事実は怒りに身を任せたラフテリアが、ロビンを殺した者たちの息の根を止めようとしたのだ。
「リアに殺されたエリザベートは婚約者の守り石のお陰で傷一つなく生き返ったんだって、正確には殺されてから一分ほど身体の時戻りが起こったらしい。時戻りは禁忌に値するから、普通は守り石に組み込まないってエリザベートが言っていたね」
「あの?一つ疑問が?」
「何?」
「話的には大魔女エリザベートのことを、その婚約者は大切に思っていますよね」
シェリーはエリザベートから話を聞いたロビンの話には矛盾があると指摘する。
この話は普通に聞くと、十年掛けて作り上げた守り石が、婚約者であるエリザベートの生命を護ったという美談のハズだ。この机に刻まれている呪いの言葉には発展しない。
「そうなんだよ。リアが僕にとって護るべき大切な存在であるように、エリザベートの婚約者にとって、エリザベートは護るべき存在だったのかなぁと思ったんだよ」
ロビンはそう言って、幸せそうに凍った果物を食べているラフテリアの頭を撫ぜている。その目は優しさに溢れていた。
「多分、エリザベートに頑張らなくていいよって、言いたかったのだと思う。魔力が枯渇するほど頑張ったって言っていたし、傷ついて寝込むこともあったって言っていたね」
シェリーが知る大魔女エリザベートの姿とは、かけ離れた言葉がロビンから出てきた。シェリーの知るエリザベートは悠然と顕れ膨大な魔力に物を言わせて、次々と大技で攻撃してくる容赦ない姿だった。
「シェリーちゃんを見ていると、エリザベートの話を思い出すんだよ。努力することはいいことだけど、その身を削ってまで修行するのは、見守る立場としては辛いものがあると思うんだ。今日は人数が足りないけれど、シェリーちゃんの剣となるべき存在がいるのなら、無茶な修行は彼らの為にならないよ」
何故か、エリザベートの話からシェリーの行動を諌められてしまった。
「もしかして、私はロビン様から怒られています?」
少し不機嫌そうなシェリーを見てロビンは含み笑いを漏らす。
「ふふっ。怒ってはいないよ。リアを護ると決めたのに、身体がままならず、リアが自分で何もかもをしなくてはいけなくなった姿を見てきた僕としては、なんとももどかしい気持ちになったという話だね」




