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「ここが村だよー」
ラフテリアは何もない場所を指して言う。いや、正確には太陽の光を反射する緑の木々が生い茂る場所を指している。
「村?」
どうみても家があるように見えない場所に、シェリーが疑問の声を上げた。考えれば、ラフテリアが産まれたのは4千年前の話だ。それを考えると建物が残っていることの方がおかしいが、せめてラフテリアとロビンが暮らす建物ぐらいあってもよさそうなものだ。
すると、ロビンのクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「ここは僕の魔術の師匠が結界を張ってくれたところだからね。外からじゃわからないよ。ようこそ、大魔女エリザベートの隠れ家に……と僕たちの家にだね」
「は?」
今、ロビンからとんでも無い名前が出てきた。大魔女エリザベートと。
「もしかして、ここに大魔女エリザベートの遺産が残っているのですか?」
ここに大魔女エリザベートの遺産が残っているとなれば、彼女が大陸の南側で集めていたと言われる空島の残骸の意味もわかるかもしれない。
「うーん?それはどうかな?僕はエリザベートの家には入れないからわからない」
「魔女の家も残っているということですか?」
「エリーの家、残っているよー。だってエリーだもん!」
シェリーの言葉にラフテリアが答えたが、理由としてはよくわからないことを言われた。
しかし、グローリア国の魔女の家が勇者ナオフミに破壊されるまで、約千五百年間存在していたということは、特殊な魔術で守られていた可能性がある。
「ほら、村に入って!」
ラフテリアが手招きをしながら、木々が広がっている林のような場所に近づいていくと、その姿がスッと消えた。恐らく結界が張ってあるのだろう。
カイルに右手を繋がれたシェリーはカイルに引っ張られるように、ラフテリアに続いて行くと、ピリッとした違和感を感じた。恐らく結界を通ったのだと思われるが、こうも通るときに違和感を感じる結界は珍しい。まるで、警告のようだと、シェリーは周りを見渡す。
そこは違和感に満ちていた。
地面から草花が生え、風に揺れていることはいい。しかし、季節性が感じることが出来ない。まるで楽園と表現してもいい。
そして、目の前には大きな大樹が生えていた。その大樹は根で石の壁の家を掴みながら生えている。いや、大木の中に家が埋まっていると言ってもいいのかもしれない。
「そっちはエリーの家で、私達の家はこっち」
ラフテリアが示した場所は、壁にはツタが這い、屋根には草が生えており、外見上人が住めるところには見えない。もっともラフテリアもロビンも人というには、少々語弊があるが。
シェリーは斜め前を歩くロビンに尋ねる。
「大魔女エリザベートがロビン様の師匠とは初耳ですが?」
「それはわざわざ言うことじゃないからね」
「もしかして、手合わせの時、私に手加減していましたか?」
シェリーは何度もロビンと手合わせをしたことがある。それは茶髪で身体がある剣聖としてのロビンとだ。
「おや?僕は君のために誠実に向き合ってきたよ」
君のためというのは、己の番であったラフテリアと同じ宿命を持った聖女シェリーに対してという意味だ。過酷な運命にも絶えることができるように、剣の師であったと。
「それに、あの場にはエリザベートもいたからね。僕は僕の役目に徹したにすぎないよ」
シェリーの無茶苦茶な修行には、ロビンの他に様々な者たちがその場に召喚されていた。その中に大魔女エリザベートの姿があるのであれば、己の領分を超えるべきではないと。
「そうですか」
シェリーはロビンの言葉に納得はしたものの、どこか不服そうだ。
シェリーのその姿にロビンはクスクスと笑う。
「これは僕が言いたく無かっただけなんだよ。身体が無くなった僕は剣でラフテリアを守れなくなった。だから、赤き女神のお気に入りのエリザベートに教えてもらった。これは僕の不甲斐なさと弱かった僕の証であったからね。言いたくなかったんだ」
白き神に聖女の番の役目を与えられ、剣聖としての力を与えられながらも、聖女であり番である、ラフテリアを守れなかった証。剣ではなく、魔術を頼らなければ、ラフテリアを守ることが出来ない自己嫌悪。
そう言い放つロビンは左手で腰に佩いている剣の柄を押さえ、誇らしげに笑っていた。
今は白き神から与えられた身体がある。
その身体の元になった魔人マリートゥヴァの膨大な魔力がある。
剣聖としての己と大魔女エリザベートの弟子としての己。
その全てを持って、己の大切な者を守ると决めた誇らしげな笑顔だった。




