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少し待つと侍女のマリアが戻っていた。それもかなり慌てた様子だ。
「旦那様。例のエルフ族を閉じ込めていた結界の魔道具が破壊され結界が解かれ、ゲートから次元の悪魔が3体送られてきました。その質量に耐えきれなかったのか、ゲート自体が破壊。そして、上の建物も破壊されたと見張りの者からの報告です」
なんだか理解できないことをマリアは報告した。ユーフィアが作ったアルテリカの火を使った魔道具が破壊されたということは、敵が内側に存在していたのだろうか。
「はぁ、やはり初期型は壊されてしまいましたか。思わず手に取ったものが試作品でしたから、そうなるかと思っていましたが、壊れるのが早かったですわね」
いや、違った。ユーフィアがエルフの女性に使った結界の魔道具は試作品だったため、欠陥品であったようだ。
そして、マリアの報告を受けたクストは、その場から消え去ったかのように、姿がなかった。恐らく次元の悪魔が現れたという壊れた建物の場所に向かって行ったのだろう。
ユーフィアは結界が壊されて慌てているかと思えば、喜々として応接室を出て行っている。その後をマリアが、『奥様お待ち下さい』と言ってついて行ってしまった。
ということは、ここには客としているシェリーとカイルとグレイ、そして侍女のセーラのみが残されてしまった。
「セーラさん。お手伝いしたほうが、よろしいでしょうか?」
シェリーは人手はいるかと聞いてみる。聞いてはいるものの、シェリーはソファに腰を下ろしたまま動こうとはしてはいない。
「奥様が嬉しそうに行かれましたのでいいと思いますよー」
セーラは建物の外で慌ただしく動いている人を見ながら、シェリーの心がこもっていない言葉に、断りの返事を述べる。やはりユーフィアが部屋を出ていったのは、作った魔武器の性能を試すためなのだろう。
しかし、そこにソワソワしながら割り込む者がいた。グレイである。
「見学はできるだろうか」
グレイの言葉に無言の視線を投げかけるシェリーとセーラ。この状況で見学とはどういうことだろうか。客としての立場であるなら、安全な場所で動かない方が、公爵家の者たちに迷惑をかけないですむのだ。それを見学という言葉を口にするとはどういう了見だと二人の視線がグレイに突き刺さる。
「あ··何というか。リオンの話を聞いて、頭では無謀な行為だと理解はしているんだけど、心の内は悔しいというか、羨ましいというか···」
グレイはリオンがシェリーの魔眼の力を頼ったとしても、一人で次元の悪魔を倒したことに対して、口には出さなかったが思うことはあったようだ。ただ、この場で次元の悪魔と戦いたいと言わないのは、己の実力まだまだ伴っていないと理解しているからだ。だから、第一線で討伐戦を戦い抜いたクストや初代傭兵団長であったマリアの戦いぶりを見たいと口にしたのだ。
そんなグレイに対してシェリーはため息を吐く。
「グレイさん。見ても参考にも何もなりませんよ」
シェリーはグレイの意見をバッサリと断ち切る。まるで、グレイと彼らとは経験値もレベルも違いすぎて、何も身にならないとでも言っているかのようだ。
「うっ···いや···でも···」
シェリーの言葉に傷ついてはいるものの、諦めきれないのだろう。そのグレイの姿にセーラはニコニコと笑いながら側によって来る。
「グレイシャル様は見てみたいですか?」
グレイに気を使ったのだろうか。セーラは声をかけた。ニコニコと···いや悪巧みをしていそうな綺麗な笑顔を浮かべている。
「ああ」
グレイはセーラの言葉にすぐさま答える。人様の屋敷で勝手な行動はできないことは重々承知している。しかし、己の欲というものの方が勝ってしまったのだ。
セーラは『こちらへどうぞ』と声を掛けてグレイと共に応接室を出ていった。シェリーとカイルにはどうするかという言葉も無く、出ていったのだ。
出ていくグレイの背を見てシェリーはため息を吐く。シェリーには落ち込んで戻ってくるグレイの未来の姿がありありと予想できたのだ。
そんなため息を吐くシェリーにカイルは抱き寄せる。そう、この応接室の中にはシェリーとカイルしかいないのだ。
「なんですか?」
場所というものを考えて欲しいと言わんばかりにシェリーはカイルを睨みつける。
「グレイは今まで公爵夫人を見てきたのに、何を期待しているのだろうね」
カイルはクスリと笑って、シェリーが先程見ていた扉の方を見ている。
「きっと師団長さんとマリアさんの戦うところが見られると思っているのですよ。それに、ここに来て日が浅いので、王都の外でユーフィアさんが魔物を蹂躙する姿を見ていないのではないのですか?」
シェリーの言葉にカイルは納得したように『ああ』と声を漏らす。
「そうか、それは仕方がないことだね」
仕方がない。それはクストが番であるユーフィアの為に戦える舞台を整えている姿を知らないのであれば、期待しても仕方がないという意味だ。
そして、カイルはローテーブルの上から一つ物を取り、シェリーの右手の手を支えるようにして、手のひらの上に置いた。それは赤いプラスチック製の袋に入った食べ物だった。
それが何であるかと、認識したシェリーの目は死んだ魚の目になっていたのだった。
 




