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ユーフィアは自分の行動がどう言う意味を持つか何も考えてなかった。ただ、チョコレートは受け入れがたいものなのかという考えと、シェリーに言われたように不審物として取り上げられるのを防ぐためには、クストにこの食べ物が大丈夫なものと理解してもらわなければならなかった。なので、一つの物を半分に割って一つは自分が食べて大丈夫なものであることを示し、クストに食べてもらおうと思っていただけだった。
だが、クストからすればどうだろうか。番からの差し出された食べ物。それが元々は1つで半分は番であるユーフィアが食べ、もう半分が己に差し出されている。それはもう、食べるしか選択肢はない。
ユーフィアからの初めての餌付け行動。それが、毒だろうが見た目が悪い黒い塊であろうが、それは食べる以外の選択肢は存在しない。
恐る恐る口に含む。香ばしい匂いが鼻を抜け舌の上に溶け広がるほろ苦い甘さ、そして噛めばサクリという食感。今まで味わったことのない味だった。
「甘い」
食べ終わったクストの感想だった。
「キッ〇カットだから、甘いわね」
クストの普通の感想にユーフィアは当たり前だという答えを返した。だが、クストは歓喜に打ち震え、それしか言葉にできなかっただけだった。わかっていないのはユーフィアだけで、側に控えていた金狼獣人のマリアも狐獣人のセーラも微笑ましげに見ていた。
その二人の向かい側に座っているシェリーといえば、いつもの無表情のまま一言呟く。
「しませんよ」
何をしないのか。シェリーの両側からの視線を受けての言葉だった。シェリーからの餌付け行動はしないという宣言だった。
シェリー自身、ツガイという者を嫌っているため、ツガイ同士が何を好むのかも理解してた。いや、ここ数か月のことを総合してわからされたのだ。
だから、恐らくユーフィアの性格からクストへ何か食べ物を差し出すという行動は取らなかっただろう当たりをつけたシェリーは、ユーフィアから何かしらのお菓子をクストに差し出すように促したのだが、結果としてはユーフィアは無意識で番であるクストが喜びそうな行動を取ったのだ。一つの物を二人で分け合って食べるという行動を。
そして、これがシェリーのクストへのお詫びの仕方だった。番であるユーフィアが喜ぶことがクストにとって良いことでもあるが、普段ならあり得ないユーフィアからクストへの行動が一番クストの心を揺さぶるだろうという意味でもあった。
「なんだかズルいと思うのは俺だけかな?」
「何がですか?」
カイルがズルいと言った。それに対しシェリーは何もズルいことは何もないという態度だ。
「だって、シェリーからされたこと無いのに、シェリーに言われて彼女はしたんだよな。俺もズルいと思う」
グレイもズルいと言った。目の前で行われた行動はシェリーによって引き起こされたものだ。決してユーフィア自身で考えて行った行動ではない。ということは、シェリーはツガイである自分たちを喜ばす行動を知っていたという事実にカイルとグレイは気づいてしまったのだ。
「面倒な事をここで言わないでもらえません?今回はご迷惑を掛けたお詫びをしただけなのですから。あまりしつこく言い始めるとルーちゃんとオリバー以外の食事を作りませんよ」
シェリーはとてつもない切り札を切ってきた。シェリーの作った料理を食べれなくなるというのは彼らからすれば、絶対に避けたいことだった。シェリーからの脅し文句に両側の二人は大人しく口を噤んだ。
ウキウキ気分が漏れてでいるクストとチョコレートを受け入れられたと思っているユーフィアに対して、無表情で二人の様子を伺っているシェリーと不満げな雰囲気を醸し出しているカイルとグレイ。とても異様な空間だった。
「実はユーフィアさんに見ていただきた魔道具があるのです」
シェリーはそう切り出して、板のようにしか見えない物をユーフィアの前にコトリと置いた。
80セルメル程の長さで幅が20セルメルほどの木の板だが、その下には小さなタイヤが4つ付いていた。見た目はスケートボードだ。だが、この世界にスケートボードが存在しているとは聞いたことがなかった。
シェリーから差し出されたスケートボードをユーフィアはお菓子の山を横にずらして手に取った。そして、その木の板を観察しだすが、段々とその表情が険しくなっていく。
ユーフィアは観察し終わった木の板をローテーブルの上に置いて、大きくため息を吐いた。
「いつの時代の話か聞いてもいいでしょうか?日の丸特攻隊の時代ですか?」
ユーフィアがおかしな言葉を言い出した。魔道具の作られた時代を聞きたいのかと思っていたら、異世界の過去の時代の話をしたいのだろうか。
それに対しシェリーはただ一言答える。
「ユーフィアさんが置き型の結界を作っているぐらいのときの話です」
ここ最近使用されたことがわかったユーフィアは顔を上げてシェリーの姿をまっすぐ捉えた。その顔には覚悟という物が見て取れた。今まで見せたことのないユーフィアの表情だった。




