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「師団長さん。おはようございます。ユーフィアさんと約束があるので入れてください」
シェリーは訪問者しては、些かクストに対して丁寧なようで上から目線の物言いをしたのだ。それに対しクストは一言だけ返す。
「帰れ」
シェリーとユーフィアとの約束の時間は5刻だ。この時間までクストが屋敷にいるということは、休日かただ単にシェリーを牽制するためにこの時間まで屋敷に残っていたのかのどちらかだろう。
「別にユーフィアさんと遊びに来たわけではなく、仕事の依頼に来たのです」
シェリーはちゃんとした訪問理由があると言うが、クストの返答は
「帰れ」
だった。シェリーは頑なに拒むクストに対しいつものことだと、次の手段に打って出た。
「ユーフィアさーん!スケートボードもどきの魔道具が手に入ったのですが、いかが致しますかー?」
『遠声』。一般的に軍など命令を遠くに伝える為に用いられる魔術だ。それを屋敷中に響かせるようにシェリーは使った。そう、直接ユーフィアに声をかける手段に出たのだった。
すると、遠くの方からバタバタという音が聞こえてきだした。その音にクストはシェリーの事を睨みつけ、玄関扉を閉めようとするが、それよりも早くユーフィアがシェリーの姿を捉えた。流石、魔道具のこととなると行動が早かった。
「シェリーさん、お待ちしておりました。クスト、シェリーさんを出迎えてくれていたのね」
「·····いや」
「ありがとう」
「あ···ああ」
クストは否定の言葉を言いかけたが、その言葉に被さるように、己の番からお礼を言われ、否定の言葉を飲み込んだ。
「何の用事かは知らんが、ユーフィアに何かしようものなら、直ぐに叩き出すからな」
そう言って、クストは背を向けてユーフィアを屋敷の奥に行くように促したのだった。その背後の青黒い尻尾は勢いよく振られていたことは付け加えておこう。
「いらっしゃいませ~。シェリーさん」
まるで、すぐそこに控えていたかのように、金髪碧眼の侍女が現れた。侍女にしては軽い感じの出迎え方だ。
「プッ!駄ケ···旦那様はシェリーさんに良いようにあしらわれていますね」
いや、このナヴァル公爵家の当主であり現公爵であるクストにでさえ、敬っているようではない。
「あ!シェリーさん。愚兄が聖女のお披露目の衣装どうするか聞いてこいと私に言われたのですが、どうされます?」
そして、玄関先で話すことではない内容の話まで話しだした。それも、たった今思い出したついでと言わんばかりだ。しかし、愚兄という者はなぜ全く関係がないナヴァル公爵家で侍女をしている妹にそのようなことを伝言したのだろうか。
「セーラさん。イーリスクロム陛下に、そのようなことを考える前にすべきことがあるでしょうと伝えてください。第0師団のことも、第7師団の事件も色々残っていると思います、と」
「伝えておきますねー。それから、もう少しお待ち下さいねー。招かざるお客様の後始末に時間がかかっておりますの」
「招かざる客?」
シェリーはセーラの不穏な言葉を聞き返す。
「ええ、お陰で旦那様のピリピリが最高潮なんです」
招かざる客については答えていないセーラは、笑顔でクストの機嫌の悪さを指摘した。この話から、何かしらの侵入者が存在し、その後始末にクストは第6師団の方には行かず、屋敷にとどまっていたままだったようだ。
いや、そもそもユーフィアがシェリーと会うという話を聞いた時点で本日の予定は決まっていたことだったのかもしれない。
「ねぇ、シェリーさん。あのエルフの女を始末してもいいでしょうか?」
今までニコニコと笑顔で話をしてたセーラが、真顔になって物騒な言葉を発した。エルフの女とはシェリーが連れてきた奴隷だったエルフの女性のことだろう。
「何か問題でもありましたか?」
「誰でしたか?ハルオでしたか?アキナでしたか?その者はエグいですわね。あの女の中に魔道具を仕込んでいたのですよ。奥様がおっしゃるには、奴隷から解放されれば発動する条件だったのではと」
奴隷から解放されるという条件。普通は奴隷から解放されることなどあり得ない。だが、そのあり得ないをくつがえす者の存在をターゲットにした魔道具だと言っているのだ。エルフ族の女性が居たところは辺境の都市。それも街の住人を含め、第7師団の半数を傀儡にした事件。
もし、シェリーという普通から逸脱した存在がいなければ、きっとユーフィアに解決の糸口を国は求めただろう。となると、ただの哀れな奴隷の女性は国に帰されるまで保護対象となるのだ。それが、国の施設か、教会か、何処になるかは分からないが、第一層内での保護となったであろう。
「何が起こったのですか?」
シェリーはその魔道具は何を引き起こすものだったのか確認をした。
「昨晩あの女を中心にゲートが開いたのです。今はシェリーさんからいただいた赤い鉱石で作った魔道具の結界に閉じ込めていますので、問題にはなっておりませんが、その開いたゲートを使って侵入者が現れたのですよ。『ユーフィア・ウォルスを探せ』と言っておりました。奥様以外が獣人であるこの屋敷内でそんな事を普通の声で話されて、ただで帰れると思っていたのでしょうかねぇ?」
その侵入者の目的は奇しくもユーフィア自身だったようだ。しかし、獣人と人族の身体的能力差は歴然。奴隷として行動を抑制された獣人しか見たことがなかった侵入者は、ナヴァル公爵家の者達に捕らえられたのだろう。いや、セーラは後始末と口にしていたので、侵入した者たちはそれなりの報いを受けたと予想できた。




