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「なぁ、3日経ってもリオンは目を覚まさないが、本当に大丈夫なのか?」
オルクスがシェリーがいるキッチンに顔を出して聞いてきた。
シェリーが炎国からギラン共和国を経て王都メイルーンに戻って来て丸3日が経過し、今はキッチンで夕食を作っている。その横ではいつもどおりカイルがシェリーの手伝いをしており、狭いキッチンの入口にはグレイとオルクスの姿があった。ただでさえ狭いキッチンであるのに、大人が4人もその場にいるとは、些か圧迫感を感じてしまう。
グレイとオルクスは朝早くから出かけており、今戻って来たばかりなのだろう。少し埃っぽく、シェリーがここには入ってくるなと無言の圧力をかけていた。
「息はしているから大丈夫だろう?」
カイルがシェリーの代わりに答えた。目に見える傷は治療したのだ。これ以上何をするというのだろう。それに鬼族は元々強靭な身体を持つ一族だ。そのうち目が覚めるだろう。
「そうなんだけどな。リオンに何があったのか二人共話してくれないから、心配じゃないか」
意識のないリオンを連れて帰って、シェリーとカイルは他の3人のツガイに何が起こり、リオンがこのような状態になっているのか説明をしていないようだ。グレイの戸惑っているようで、不服そうな態度に不満感と不安感が感じられた。
「だから、それはリオンが目が覚めたら説明すると言っているだろう?」
リオンが目覚めたら·····そのリオンが目を覚まさないからグレイとオルクスが心配をしているのだ。
「グレイさん。オルクスさん。ルーちゃんが帰って来たら夕食にしますので、その砂埃を落としてきてくれません?」
シェリーはとうとう耐えきれず、キッチンから二人を排除しようと、遠回しに着替えてくるように言ったのだ。
これ以上、食事を作っているところで砂埃をまとった二人を長居させたくはないと。
すると二人はすぐさま踵を返して『直ぐに戻ってくる』と言ってキッチンの入り口から離れていった。その二人の姿はというと、グレイは尻尾を勢いよく振っており、オルクスは尻尾をピンッと立ていた。シェリーに追い出されるように言われたにも関わらず、二人は嬉しそうであった。
そして、何故シェリーとカイルがリオンの状態の原因を話をしていないかと言えば、その話をすると若干1名シェリーに魔眼を使って欲しいという人物が現れそうだからだ。だからシェリーはカイルに対してリオンが目覚めるまで、口を閉じるように言ったのだ。
カイルはと言うと、番であるシェリーからの願いだ。それは叶えるべき事柄だが、カイル自身が魔眼を使用されたリオンの状態を見て、これは気安く話すことではないと感じた為でもあった。
女神ナディアが愛するラースの為、そのラースが築いた国を護るために子孫に与え続けた魔眼。ただの人であったラースを愛してしまった女神ナディアの行き過ぎた愛情。その結果もたらされるものは、ラースが愛したモノ以外がどうなろうと構わないという女神の歪んだ愛情が具現化したものであった。そう、ラースが愛した国を護る為に民は命を捧げるべきだという女神ナディアの神威。
「姉さん。ただいま」
ルークの声が聞こえた瞬間、今まで黙々と夕食を作っていたシェリーは作業の手を止め手を洗い、キッチンから出て廊下に繋がるダイニングの扉から顔を出しているルークを笑顔で出迎えた。
「おかえり。ルーちゃん」
ルークの前だけで見せる満面の笑みで出迎えたのだ。
「うっ」
「ライターさんのところで、いじめられなかった?」
冬期休暇の間は剣の師であるライターの元に通うと言ったルークに対してシェリーは反対していたが、最愛の弟からの頼み事だ。ルークの願いを条件付きで了承したのだった。
条件といっても朝食と夕食を一緒に取ること。シェリーが出した条件はそれだけだった。····それだけとは言っても、その条件では遊び盛りの13歳の少年の門限が夕食の時間までということになってしまう。しかし、シェリーであれば、ルークが帰ってくるまで食事には一切手をつけずに待ち続けることは想像に難くなく、結果的にルークは寄り道をすることもなく、ライターが居を構えている南地区から屋敷がある西地区まで、まっすぐ帰ってきているのだった。
いや、ルークが移動している間は自主的な護衛がついているので、寄り道をすること自体が難しい状況でもあった。
そこでシェリーの笑顔に撃ち抜かれたスーウェンとルークの護衛として、第6師団の団員であるグレッドが、朝早くから屋敷の門のところで待っており、一日中護衛という形でルークについているのだった。しかし、よく師団長であるクストの許可が出たと関心する部分でもあった。
もしかしたら、散々振り回され、己の番で得るユーフィアに害を与えるシェリーの周りの人間を監視するという思惑があるのだろうか。




