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「私、ユールクスさんにいらないことをしないでくださいねと言いましたよね」
「あ、それは知っているよー」
シェリーはナーガの女性からおにぎりと漬物と飲み物が入っているだろう水筒を受け取りながら、言った。おにぎりと漬物、どう見てもダンジョンの住人から渡されるものではない。
「でもー。マスター様が何だっけ?」
「アルバンの冒険物語」
「そう、それそれ!それが気なったから聞いてこいって命令されたんだよー」
ナーガの女性の言葉を補足したルークは、眠そうだが、満足した顔をしていた。その眠そうな顔をしたルークを見てシェリーは眉を顰める。
「もしかして、一晩中話を聞いていたということは、ないですよね」
「えー。文句はあたしじゃなくて、マスター様に言ってくださいよー。妖精がどんなモノか、人魚がどういうモノか気になって知りたいって言うのですから、あたしはマスター様の命令に従っただけですよー」
あくまでも自分は命令を受けただけだと、ナーガの女性は言い張った。そして、ユールクスはルークの言葉を聞いて、妖精というものを、人魚と言うものを創り出してルークにこういうものでいいのかと、確認をして、今の現状になっていったのだろう。
「ルーちゃん。それを食べたらお姉ちゃんのテントで休んで、今日はダンジョンを進むのはやめようね」
シェリーの言葉にルークは不満げな顔をする。
「姉さん、僕は大丈夫だよ」
ルークは大丈夫だというが、そのその言葉にシェリーは首を横に振る。ダンジョンという物をナメてかかってはいけない。
「ルーク。今日は移動をしません。その事を招いたのはルークよ?私は結界を張ったと言ったよね?その結界を越えてきた不審人物を受け入れてしまった事自体が危険な事とルークは思わなればならないことなのよ?」
シェリーは自ら危険に身を晒したことに注意をする。
確かにシェリーはルークの我儘を叶えるために、結界を張ってルークの身の安全を確保したのだ。しかし、ナーガの女性はシェリーの結界の内側にいる。普通ならあり得ないことだ。聖女の結界を乗り越えて来るなんて。
「でも、姉さんの知り合いだって言うから」
「私の知り合いだと言えば簡単に受け入れられるの?彼女の姿が人に見える?彼女は命令があれば、簡単にルークの命を奪うことができる存在なのよ?」
確かにナーガの女性はダンジョンマスターの命令を施行するためなら、どのような事でもするだろう。それが彼女の存在意義なのだから。
「まぁまぁまぁ。喧嘩はよしてよー。あたしはマスター様のお願いを聞きにきただけなんだからねー」
「翠さん、これはきちんと言っておかないといけません」
そう、自分の姉の知り合いだと相手が言うだけで気を緩めるのは危険なことだ。
過去にルークは商人から物を貰ってしまった事で、自らの身を危険に晒してしまった事があった。
最近はいろんな趣向をこらして相手を欺こうとしている帝国だ。今度はどんな手を使ってくるかわからない。子供の時ならルークが外に出るときは、シェリーがつきっきりだったが、今ではルークが自ら行動することが多くなった。
シェリーの知り合いという人物は多いだろうが、全てを信用してはならない事は言っておかないとならない。なぜなら、その者達は大抵が国の中枢を担う者たちだ。国という物を背負っている以上、ルークにとってそれは良いことを招くとは限らないのだ。
「姉さんはいつまでも、僕を子供扱いをするよね」
しかし、ルークにはシェリーの真意は伝わらなかった。これはシェリー自身が過去の事が原因でルークを危険に晒す事に対して過剰に反応してしまっているからに過ぎない。少しはルークの自立心を促すために、もう少し自由にさせておけば、変わっていた事かもしれなかった。
言うなれば、シェリーが過保護過ぎたのだ。
「ルーちゃん、ここはダンジョンなの。なるべくルーちゃんの思う通りに攻略できるように、私はサポートをするつもりだけど、体力が尽きれば簡単に命を奪っていくのがダンジョンなのよ?だから、ルーちゃんが冷静な判断ができない状態ではこのまま進むことはできないの」
いつまでも子供扱いをするというルークの言葉に、心が折れそうなシェリーだが、ここはきちんと言っておかないといけないと、心を奮い立たせてルークに対して説得を試みる。
「だったら、何で初めから姉さんがダンジョンを案内をしてくれなかったんだ。僕はダンジョンが初めてだから、行き方がわからないと言ったじゃないか!」
そう、確かにルークは先頭に立ってダンジョン内を進むことに消極的だった。しかし、シェリーはルークに冒険という物をして欲しいと言ってルークを先頭にして、ダンジョン内を進ませたのだ。
その言葉にシェリーもカイルもスイと呼ばれたナーガの女性も困った顔をルークに向けた。
怒りを顕にしていたルークだが、三人(?)から同じ表情を向けられ、戸惑ってしまった。そして、泉の中にいる人魚からも空中を光って飛んでいる妖精からもクスクスという笑い声が漏れていたのだった。
 




